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AXE ZANMAI
"ブロッコ・アフロの逆襲"
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ダニエラのステージを堪能しているとき、空から大粒の雨が落ちてきた。この季節、
夏の終わりにはにわか雨がとても多い。そのせいで出発が遅れるブロコもあるし、場
合によってはパレードが中止になるという。だが、女王ダニエラも彼女の信奉者たち
も、少しもひるまずハジけつづけている。
今日は、深夜12:00からコルテージョ・アフロの最後のパレードがあり、それに参
加することをサンドラさんと約束している。そろそろ引き返して、ひと休みしておこう。
ホテルに帰って熱いシャワーを浴びて、しばしまどろむ。すぐそばに宿があるので、
こういうとき助かる。11時をまわったころ、サンドラさんから電話があった。「プロ
グラムの進行が遅れている。待ち合わせ時間を午前2:30に変更しよう」ということだっ
た。Oさんのマンションは出発地点のすぐそばで、部屋からパレードの進み具合が把
握できるのだ。
それまで眠っておこうと思ったが、もったいなくて、やっぱり寝ていられない。
雨が小降りになったのを見はからって、もう一度表通りに出てみる。もう深夜だが、人
出は少しも減っていない。人込みを掻き分けて進み、見上げるとそこにマルガレッチ・
メネーゼスがいた。周囲にマネキン色に塗りたくられた筋肉男たちを侍らせて、ダイ
ナミックに飛び跳ねながら歌っている。「エーリ、エリ、エレリ、オーオーオーオ
ー」・・・女性にしては野太い声が力強く響く。
バイーアのミュージシャンたちは、他のバンドの持ち歌を歌うことに何の抵抗もな
く、また、ほかの歌手が自分の曲をカバーすることを決して嫌がらないようである。
アルバム作りや普段のライブのときもそういう傾向が強いが、カルナヴァルの期間は
特にそれが目立つ。結果として流行りの曲は様々なバンドで歌われ、いやでも人々の
耳にこびり着く。今年一番多く聞いたのはチンバラーダの「ゾハ」で、そのほか「ファ
ラオ」「ハプンゼル」など近年のヒット曲がカルナヴァル定番ソングとしてあちこち
のトリオでしょっちゅう歌われていた。マルガレッチもご多分にもれず、これらの曲
を連発して喝采を浴びていた。今夜のプログラムにはマルガレッチの名前がなかった
から、今日は飛び入りで参入したようだ。それを目の前で見られたのはラッキーだった。
また雨脚が強くなってきた。コルテージョの衣装を着た人を見つけたので話しかけ
てみると、この雨で中止になるかもしれないと言っていた。大丈夫だろうかと気にし
つつ、もう一度ホテルに戻ってコルテージョの衣装に着替える。
Oさんのマンションはエレベーターが故障中で、7階まで歩いて上がるのに目眩を
覚えた。体がくたびれているだけでなく、深夜というのにすごい蒸し暑さなのだ。部
屋にはサンドラさんだけでなくOさんの友だちの日本人客二人が居候中で、かなり手
狭になっている。開け放した窓から、路上の音がよく聞こえる。
「下には、コルテージョのアバダーを着た人なんてほとんどいなかった。今日は雨
だし、中止かなあ」
「一昨日のコルテージョは、結局、午前3時ごろに出発したけど、この天気じゃ、
中止かもしれませんね」
そんなことを話しながら、心の片隅で「中止でもいいや。これ以上踊ったら本当にブッ
倒れちゃう」と考えていた。
日本から来たばかりのお二人はいずれも会社員で、当然長期休暇はとれず、それで
も3泊5日だか5泊7日だかの強行軍でやってきたそうだ。お二人ともブラジル音楽
に非常に詳しく、ポルトガル語も達者なようだ。雑談をするうちにそのうちの一人が
かの有名な「ブラザー・チンバ」略してブラチンのメンバーであることが判明した。
(ブラチンは主に関東で活躍しているバイーア音楽のグループである)
「僕、大阪のアメ村でライブをされた時、行きましたよ。」
「それじゃ、初対面じゃないですね。俺、そこで演奏しましたよ。」
なんとまあ、世界は狭いことか。いや、我々が世界の狭いところに好んで首を突っ込
んでいる、というほうが正確かもしれない。
いずれにせよ、またまた素敵な人たちと出会うことができた。これもまた、バイー
ア・マジックのなせる業だろう。
外は大雨のようだ。しばらく待ったがやみそうにない。トリオの奏でる大音響も聞
こえてこない。どうやら今晩のプログラムは終了してしまったようだ。
「そろそろ失礼します。明日の朝、ネギーニョ率いるSODOMOのパレードに参
加しなくちゃいけないし・・・」そう言って立ち上がったとき、静寂をつんざいてファ
ンファーレが鳴り響いた。僕以外の四人も、いっせいに立ち上がった。
「コルテージョだ。間違いない。」
カメラの仕度をしている部屋のあるじを置き去りにして、われ先に階段を駆け下りる。
お世話になっているOさんを放って出ていくなんて失礼なことだが、ファンファーレ
に続いて打ち鳴らされた太鼓の刺激音に、みんな心を奪い取られてしまったのだ。浮ノ出ると、白い衣装を着た一団が行進を始めている。トリオはなく、楽器を手にした
人々を先頭に、百人程度のこぢんまりとした集団が自分たちの足で歩んでいる。つま
り、巨大スピーカー抜きの100%アコースティック・サウンドだ。パーカッション部
隊の小気味いい音が夜空に鳴り響く。エレキ・サウンドとは異なる、手作りの音が夜
の底を揺さぶっている。
僕はまだカンドンブレの儀式に立ち会ったことがないが、テヘイロにはきっとこん
な空気が満ちているのだろう。遠くアフリカから伝えられてきたリズムがダイレクト
に脳髄を直撃する。
これぞ、ブロッコ・アフロの真骨頂。
僕と、Oさんの客人たちはサンドラさんのバイーア風ダンスをまねて足を踏み出し、
体をひねる。両手と肩と腰の動きが大きくて体力を要するダンスだが、リズムに合わ
せてダイナミックに動くものだから、はまるとすごく気持ちがいい。まわりにいた人
たちも、サンドラさんの動きに合わせて踊り始めた。出会ったばかりの人たちと、こ
んなふうに呼吸を合わせて踊るのはとても新鮮な体験だった。奏でられている音楽も、
思いっきりアフロっぽくて新鮮だった。ベーシックなリズムパターンを繰り返すだけ
なのだが、リズムが皮膚の上を通り過ぎないで、体内に浸透してくる感じなのである。
その結果、リズムとともに異空間に滑り込んでいくような錯覚がもたらされて、時間
と空間から解放された気分になる。初めて聞く音楽なのに、懐かしささえ感じさせる。
きっと、意識の原初的な部分に直接響くリズムなんだろう。たぶん、この街の人々の
祖先たちが、奴隷の境遇からそうやって一時的に解放されるすべを伝承してきたのだ
ろう。
この時間、路上にいたのは「踊りたりない」「もっとアシェーを」と歯がみしつつ
雨を呪っていた連中だろう。雨上がりに突如現れたコルテージョは、彼らにとって砂
漠のオアシスだったようだ。次から次へと異様なテンションで乱入してきて、パレー
ドの人数がみるみる膨れ上がる。彼らもすぐにサンドラさんの信奉者となって、同じ
踊りを踊り始める。サンドラさんはシンプルでダイナミックなステップをいくつも知っ
ていて、ひとつずつ、後に従う人々がまねできるように大きな動作で踊ってくれる。
我々が見よう見まねで後を追い、リズムに合わせて全員が踊れるようになったら更に
激しくテンションを上げる。生の音楽との相乗効果で、ものすごい盛り上がりとなる。
悲しいかな、それを追う僕たち日本人と飛び入りの連中は体力が持続しない。しかし、
我々の息が上がって動きが鈍ったのをみはからって、サンドラさんは次のステップを
披露する。かっこいい。おずおずとまねをしているうちにアドレナリンがどばっと溢
れてきて、またまた息が上がるまで踊ってしまう。そんなふうにして、路上の人々と
ともにエンドレスのダンスを踊り続けた。サンドラさんの後ろで彼女のキレのいい身
のこなしを有象無象の「イカレた連中」が勢ぞろいしてなぞっている光景は、かなり
異様だったに違いない。だけど、コルテージョのみなさんは、そんな我々をにっこり
微笑んで受け入れてくれた。それだけじゃなくて、「もっとやれ。もっと激しく。」
と容赦なく煽り続けたのだった。
脳が酸素を求めている。大腿筋の乳酸値がリミットを越えている。地べたにへたり
こんでひと休みしたい。だけど、そんなことをしたらこの行進から取り残されてしま
う。それはきっと、ものすごく寂しいことにちがいない。だから、歯を食いしばって
ついていく。動きが止まるとしたら、それは気絶した時かもしれない。
皆が同じ思いだったにちがいない。傍から見れば、鬼気迫るパレードだったかもし
れない。我々は、ときに立ちくらみを感じながらも、これまで経験したことのない恍
惚感に導かれて最後までテンションを落とさずにゴールまで踊り切った。幕末に流行っ
たという「ええじゃないか」もこんなふうに熱狂したんだろうな、と思った。カルナ
ヴァルはしばしば俗っぽい娯楽と間違えられるが、もともと宗教行事だし、今でもけっ
して聖性を失っているわけではない。日常を逸脱して聖なる空気を身にまとう貴重な
機会なのだ。われわれはそこでインテンシティーの高まりとともに生命の実感を回復
し、狂乱の向こうに我々の力を超越した「聖なるもの」の存在を実感する。キリスト
という秩序のシンボルが効力を失う数日間を狙って、土着の神々やアフリカからもた
らされた神々が独特のやり方でエロスとタナトスを充填する。痩せ細った日常の中に
猥雑なエネルギーを注入し、生きる意欲を回復させる。天まで届く音楽も激しい踊り
も派手な衣装も、全ては神々を地上に現出させるための儀式なのだ。パレードを終え
た時、体一つでこの儀式に参加したという実感が残った。
夜風が気持ちよかった。帰り道を歩きながら、こんなに長い距離をどうやってたど
り着いたのか、不思議に思った。歩いて帰るのさえ、途中休憩がしたくなるほどの距
離なのだ。ほんとうに、こんなに長い道のりをあんなに激しく踊りながら行進してき
たのだろうか。
自分でも信じられない。
東の空が明るくなってきた。もう、朝なんだ。なんて清々しい朝だろう。波の音が
心地いい。目に映るものがすべて、浄化されて見える。これが本当のカルナヴァル、
聖なる空間との融合だ。サンドラさんが導いてくれたおかげで、観光客には入り込め
ない領域にすんなりと溶け込むことが出来たのだ。心から感謝したい。
今ふり帰っても、このようにして、地元の人々とともにブロッコ・アフロに参加で
きたことは、ブラジル音楽の綺羅星たちを目撃したことよりもずっと貴重な体験だっ
たと思う。
2000年3月5日(dom.) madrugada
posted by axe junky at
2:50 AM
on Mar 5, 2004
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