tag:blogger.com,1999:blog-59167692009-07-18T13:25:42.115+09:00happano journal_J<a href="http://happano.org/">葉っぱの坑夫</a>の活動日誌 <br><br><br> プロジェクト/作家リンク <li><a href="http://happano.org/landoflittlerain/index.html">雨の降らない土地</a>(新連載) <li><a href="http://happano.org/littlemark.html">ぼくのほっぺのちいさなあざ web version</a> <li><a href="http://grossman.blogspot.com/">グロスマンを読みながら</a></li> <li><a href="http://web.mac.com/projectif/iweb/">死海プロジェクト if</a> by Chika Okuwa</li> <li><a href="http://www.miyagiyukari.com/">Yukari Miyagi</a></li></li></li>editor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comBlogger146125tag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-61637750234682412232009-07-18T13:00:00.007+09:002009-07-18T13:25:42.296+09:00何が楽しかったって、ZINE'S MATE(これはGYREの会場の方。テキストの下にVacantや葉っぱのブースの写真あり)ジンとアートブック、その他オルタナティブブックのフェア、ZINE'S MATE終了しました。事務局の発表によると、オープニングパーティに招待客など800人、会期中は二つの会場合わせて8000人を超える来場者があったとのこと。これは第1回目としては想像を超える大成功だったのでは。実際、オープニングも含め、両会場は3日間かなりの混雑で、ときに会場内を移動するのが難しいくらいの密集度でした。どこからこんなにアート好き、本好きの人々が沸いて出たのか、頼もしくも不思議でした。出展者のほうも、葉っぱの坑夫と同様、こういうフェアへの出展は初めてという方も多かったようで、慣れないソワソワ+初めてのワクワクが高じて興奮ムード、それも会場の熱気の源になっていたように思いました。アーティスト本人がブースに座り自分の本を紹介して売editor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-67813969501139422572009-06-30T15:19:00.012+09:002009-07-03T16:22:00.931+09:00楽しいzineづくり、間に合うかなブックフェアに7月10日(金)ー12日(日)東京で開催されるインディペンデントとアートのブックフェア「ZINE'S MATE」に合わせて、ただいま新作ジンを制作中です。葉っぱの坑夫がジンをつくるのは初めて。どんなものを作っているかというと。左から:「SMALL」(作・絵:島田雄一)「NEZUMI KOZO」(写真:アリ・マルコポロス、テキスト:芥川龍之介)「在日Koreanと南北朝鮮をよく知るための本と映画10選」(葉っぱの坑夫編)「たった一つの、私のものではない名前」(テキスト:温又柔)各ジンの内容は葉っぱのウェブサイトで紹介しています。ジンづくりについて:今つくっているジンはすべて同じA5サイズ、使用紙も同じ、とフォーマットを揃えました。ページ数は作品によって違います。同じ見え方の中に、違う内容のものを盛り込んでみたかったので。紙はいろいろ研究、試作した結果、Bio Top Colorというeditor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-8558133981598915572009-06-22T15:37:00.004+09:002009-06-22T15:58:30.451+09:00オルタナティブなアートブックのフェア、ZINE'S MATEに参加7月10日(金)ー12日(日)、東京の表参道と原宿の2会場で開催されるZINE'S MATE: TOKYO'S FIRST ART BOOK FAIR 2009。内外のオルタナティブな本のディストリビューションで知られる日本のユトレヒトとイギリスのPAPER BACK マガジンの主催で行なわれる、インディペンデント出版者(社)とアーティストの本の祭典、ブックフェア、第1回目。ニューヨークやソウルでこういうブックフェアが開かれていると聞いていたので、東京で始まるのは喜ばしいこと。東京国際ブックフェアの方は何回か行ったり、電子ブックのブースに参加したこともあるけれど、場所も規模も大きすぎてユニークな本との出会いの場、という雰囲気ではない。東京ビッグサイト、人の波、商業の場、そんな感じでした。ZINE'S MATEの方は、主催者がインディペンデントの出版をやっていたり、それをディストリビュートeditor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-47696128645118017072009-06-01T10:57:00.003+09:002009-06-01T11:15:31.170+09:00オルタナティブメディアの勝利、ワールド・サッカーの世界ヨーロッパのサッカー・シーズンも5月で終わり、ここからしばしの休憩に入る。08/09シーズンはCS放送でかなりたくさんの試合を見た。特に終盤になってからは重要な試合は、スケジュール帳に放映日をメモして見逃さないようにしていた。見るのはほとんどがJ SPORTSというスカパーやケーブルTVで見られるスポーツ専門放送局。これのおかげで主要なゲームがかなり見られる。NHK BSでもいくつかの試合は見られるし、地上波の民放ではフジテレビが深夜に放映することがたまにあるけれど、全体からみたらごく一部。たよりになるのはJ SPORTSである。放映する試合数だけでなく、放送内容のクォリティにおいても、ユニークさにおいても、既存の放送局と比べて勝っていると思う。わたしがテレビでサッカーを見るようになったのはここ10年くらいのことだと思うが、見るのは100%ワールド・サッカー。つまりワールドカップeditor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-11427850171743685312009-05-19T17:53:00.007+09:002009-05-21T08:59:08.148+09:00イギリス人による北朝鮮のサッカー・ドキュメンタリー映画ワールドカップ・サッカー南アフリカ大会が来年に迫り、アジア地区の予選も最終予選の何試合かを残すところとなっている。今のところ日本はグループAでオーストラリアに次ぐ2位、グループBでは韓国、北朝鮮が1、2位で入っている。ワールドカップに北朝鮮が参加しているとは知らなかったし、韓国と僅差で出場枠に収まっていることにも驚いた。先月1日にソウルで行なわれた韓国対北朝鮮戦は、日本のテレビでも放映された。結果は1−0で韓国が勝ったが、初めて見る北朝鮮のサッカーの戦いぶりはなかなか迫力あるものだった。中でも川崎フロンターレに所属する、在日三世の鄭大世(チョン・テセ)が放った強烈なシュートは、ビデオ画像では確かにゴールラインを割っており、審判は韓国キーパーのセーブと見なしたけれど、ゴールでもおかしくなった。この試合について、当の鄭大世は、「韓国は強く、守備重視で戦ったけれど最後にやられてしまった。本大会editor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-59025509437133059772009-05-02T16:21:00.003+09:002009-05-02T16:38:09.858+09:00粟津潔さんのことグラフィックデザイナーの粟津潔さんが亡くなられたという記事を読んだ。80歳だったそうだ。新聞記事に川崎市内の病院で、とあったので、多分いまも生田の星の見える天井の家に住んでおられたのだろうと思った。もう随分前のこと、わたしが20歳をちょっと越えたくらいの駆け出しコピーライターだった頃、不動産会社のPR誌の編集をいくつかしたことがある。当時不動産業は上り調子で景気がよかったが、土建屋的なイメージがダサイということからか、環境破壊の元凶というありがたくない印象を払拭するためか、こぎれいで文化的なPR誌をつくるのが企業のはやりだったからか、いくつものPR誌が次々に創刊されていた。そのページを構成する一要素として、巻頭で文化人、作家、アーティストなどにインタビューしたり、原稿を書いてもらったり、という客寄せ的なことがよく行なわれていて、もしかしたらそれはその頃のPR誌の発明品だったのかもしれないeditor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-65523556259288745452009-04-16T15:03:00.003+09:002009-04-16T15:20:08.550+09:00Englishes, 星の数ほどある英語たち前回のポスト「語学とスポーツ選手」の終わりに、国境の消えたEU内で移動する人々の英語選択率が高いことはある程度自然の流れ、今の英語一極化を従来の植民地主義や覇権主義だけでは説明しつくせない、ということを書いた。では何故、英語だけがこれほどまでに選択され続けているのか。「多くの人に使われてきた、使われている」からさらに使う人が増えるのだ、というようなことを何か(水村美苗「日本語が亡びるとき/英語の世紀の中で」だったか)で読んだ記憶があるが、それだけではどこかすっきりしない。自分の感触としては、英語は他の言語と比べて、単純で取得しやすいからではないか、という気がしていた。そういえばスペイン語と英語を教えている友人(母語はスペイン語)も、英語を教える方がずっと楽、こんな簡単な言語はない、と言っていた。英語が簡単な言語であるかどうかは議論のあるところかもしれないけれど(スペルと発音の一貫性editor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-15065148013612363362009-03-27T15:30:00.005+09:002009-03-27T17:31:28.741+09:00語学とスポーツ選手元サッカー選手の中田英寿が、テレビの旅番組で地元の子どもたちと道ばたでボール遊びをしているのを見たことがある。だいぶ前のことでどこの国だったか覚えていないが、アメリカやイギリスなどの英語圏ではなく(風景や子どもたちの様子から)、でも子どもたちと中田が英語で話していたから、元宗主国が英語話者の国だったのかもしれない。セリエAにいた中田英寿がイタリア語がよく話せることは知っていたが、英語を話すかどうかは知らなかった。地元の子どもたちとの会話以外に、インタビューのような形の質問を英語で受け答えしていた様子からも、普通に自分の意志を自分の言葉で相手に伝えられるくらいのレベルにあるように見えた。あとで聞いたところによると、中田はイタリアでプレイしていた頃から英語のレッスンを受けていたという。セリエAの後にイギリスのボルトンというクラブで2年くらいプレイしていたから、というより、イタリア時代からeditor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-22406753841284541382009-03-15T12:27:00.004+09:002009-03-15T12:43:26.700+09:00「ハワイアンレッスン」の舞台、ハワイ島のこと今月から大桑千花さんのテキストによる「ハワイアンレッスン」を葉っぱの坑夫で連載している。大桑さんの実体験を元にしたストーリーで、主たる舞台となっているのがハワイ島、the Big Islandである。作品化してウェブで出版するにあたって、川瀬知代さんに絵をお願いした。川瀬さんにはハワイの自然物、中でも花や植物を、描いてもらっている。物語は4人の出自国籍の異なる男女が、共通のミッションを胸に(本州という)島から(太平洋の)島へと旅立ったところからはじまる。川瀬さんにハワイの自然物を描いてもらっていることには理由がある。ハワイという土地が、単なる物語の背景ではなく、この話の5番目のキャラクターではないかと思っているからだ。一つ前のポスト「土地とland」でも書いたけれど、ある土地とその生息物との関係は、一般に考えられている以上に深い関わりがあるように思う。「ハワイアンレッスン」でハワイ島がeditor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-18407244281915954002009-02-24T14:24:00.004+09:002009-02-24T15:09:37.471+09:00土地とland「雨の降らない土地」(The Land of Little Rain)というメアリー・オースティンの作品を葉っぱのサイトで連載している。この作品の主人公は題名が示すとおり「土地」である。シカやコヨーテ、ハゲワシやカラス、ウサギやネズミなど生きものもたくさん登場するし、サボテンをはじめとする沙漠地帯に自生する植物の話も多い。でもそれらの動植物はいつも生息地である「土地」との関わりの中で語られる。動植物だけではない、人間も同じだ。沙漠地帯という自然環境の厳しい土地柄だから事がはっきりすることもあるだろう。土地を知らずして人も生きていけない。土地をよく知るのはインディアンであり、坑夫であり、羊飼いたち。土地と深くかかわって生きている人々だ。ヨーロッパから新大陸にやって来た白人たちは、土地を開拓し入植するために、命がけの旅をしたという。題名は忘れたが西部開拓史を描いた昔のアメリカ映画を見たとき、editor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-51440454547343508892009-02-12T15:03:00.006+09:002009-02-12T15:38:19.949+09:00興味と好きはどう違う?今あなたはどんなことに興味がありますか? こう聞かれたら、たとえば料理するのが面白い、ある映画を見てからその監督(あるいは俳優)に興味をもった、あるものを集めだしたら面白くてはまっている、など人それぞれの答えが返ってくるだろう。ここではおおむね興味=面白い、そのことが好きだという表明と重なることが多そうだ。では興味はおおいにあるけれど、その対象が好きとか嫌いとか言っているのではない、という興味の持ち方はあるのだろうか。興味をもつには何かきっかけがあるはずだが、「好意をもった」というきっかけ以外の理由で、何かに興味をもつとしたら、それはどんな場合か。「好意をもつ」のは感情だから、感情ではなく人が動かされるとしたら、何らかの必然性など感情に変わる「切実な理由」(お金が得られるなども入るだろう)に端を発していると思われる。自分の例でいうと、最近イスラムに関する本を「興味をもって」手にとっているeditor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-68258359416566786202009-01-25T10:48:00.003+09:002009-01-25T11:16:06.046+09:00共同出版が開く可能性(2)前回は共同出版の与える恩恵について書いてみたが、今回はもう少し実務的なことに触れてみたい。紙による本の出版は物質がともなうので、最終的にはモノを動かさなければ完了しない。一つは印刷であり、もう一つは物流。海外との共同出版の場合、物理的距離が大きいため、物流のコストは最初にある程度換算しておいた方が安心だ。それでも一ヵ所で印刷することで単価は低く押えられるのだから、全体としてはもちろんコストダウンになる。一ヵ所で印刷するということは、どちらかの版元のサイドで印刷所を選ぶことになる。印刷をするサイドの版元は当然、印刷から納品までを実務的に動かすことになる。その分実作業に時間、労力を当てることになるが、身近で進行状況を追っていけるので安心だし、逐次作る喜びに触れていられる。一方、印刷をしないサイドの版元は、PDFなどで要所要所の確認や提案はできるけれど、やはり距離がある分、そして実物に接editor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-42240024885951835492009-01-09T10:25:00.006+09:002009-01-09T11:13:53.055+09:00共同出版が開く可能性(1)新刊「AKAZUKIN」出版後、1ヶ月がたった。販売開始と同時に展示やレセプション、フェアを都内数カ所でやり、本は日本各地のインディペンデントな本屋さんやネット書店にも置かれ、遠くはマドリード、ベルリン、チューリッヒなどのブックショップにも飛んでいき、Lingkaran、Vogueといった雑誌でも紹介された。2008年から2009年への変わり目に、AKAZUKINは森ではなく、町中へ読者の元へと冒険の旅に出ていった。出版には企画、制作、販売と三つのステップがあると思うが、今回の出版では、最初の二つ、企画と制作をスイスのNievesというインディペンデントの出版社と協同/共同でおこなった。2005年に同じ著者(ミヤギユカリ)の「rabbit and turtle」という本でコラボレート出版しているので、今回は2回目となる。2回の共同出版をやってみて、この方法は、特に小さな出版をする者editor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-65245162353251530072008-11-28T10:55:00.003+09:002008-11-29T08:29:03.340+09:00AKAZUKIN、ミヤギユカリによる新しい絵本、発売開始しますYukari MiyagiAKAZUKIN(あかずきん)絵 ミヤギユカリ
デザイン 服部一成
発行者 ベンジャミン・ソマハルダー、大黒和恵

原画と同じサイズの絵が、見開きページで次々に繰り広げられる迫力のアート絵本。ミヤギユカリの生き生きとした線や塗りの感触がダイレクトに伝わってきます。古くはペローに始まる赤頭巾とオオカミのお話が、300年の時を越えて、新鮮なヴィジュアルブックとなりました。

価格:2100円+税 
B5判、40頁、オフセット印刷
発行 Nieves and Happa-no-Kofu(ニーブス、葉っぱの坑夫)
ISBN 978-4-901274-10-4「シカ星」制作のときにやったような制作経過報告日誌的なことをしたかったのですが、できないまま発売まで来てしまいました。1冊の本をつくれば、100のエピソードが生まれるなどといういわれがあるかどうか知りませんが(多分editor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-19653563928185982542008-10-11T17:02:00.004+09:002008-10-11T17:29:37.731+09:00ピリスとの再会、ピアノレッスンポルトガルのピアニスト、ピリスに出会ったのはどれくらい前のことだったか。かれこれ20年、いやもっと前になるかもしれない。来日したときに演奏会に行き、終演後楽屋口であいさつをした。知り合いだったわけでも、紹介があったわけでもなく、よく覚えていないが、演奏が素晴らしかったのでお会いしたいと思い待っていたのだと思う。当時まだ小さかった息子もいっしょだった。楽屋口から普段着で出て来たピリスは一人で、スターピアニストのように見えなかった。その日の演奏はモーツアルトやショパン、そして確かベートーベンのソナタもあったと思う。ヨーロッパ人としてはとても小柄で少女のような外見、でもベートーベンをエネルギッシュに演奏していたのが印象的だった。東京郊外のM市での演奏会、コンサートホールというより公会堂のような所だったと思う。ステージ衣装は当時としては異色と言っていいと思うが、お姫様ドレスではなく、中国服editor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-57514769675190556932008-09-28T15:02:00.002+09:002008-09-28T15:22:05.158+09:00熊と出会った山野井さんのこと登山家の山野井泰史さんが今月半ば、住んでいる奥多摩でジョギングしていて熊に襲われた。新聞やテレビのニュースでも扱われていたのでご存知の方もいるだろう。山野井さん自身の報告によると、自宅近くをジョギングしていて、下を見て走っていたため、熊の親子に突進するような形になり母熊の怒りをかったのだろう、とのことだった。「たぶん熊の親子の方が先に僕の存在に気がついていたと思います。」とも書かれていて(山野井通信)、山や自然をよく知る人の言葉だと感じた。葉っぱの坑夫で連載中の「雨の降らない土地」の著者オースティンも、第三話「死肉喰い」の中で同じような発言をしている。つまり自然の中では、野生動物は互いに見張ったり見張られたりしている関係にあり、大きな動物や狩る側の生き物も常に他の生き物の目にさらされているわけだ。人間は森の中で獲物を追いかけているとき、あるいは散歩しているとき、自分がいかに他の生き物editor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-4110203850589965442008-09-20T09:57:00.004+09:002008-09-20T10:17:03.881+09:00再話がもたらす楽しさ、赤ずきんの場合17世紀のフランスにはじまる「あかずきん」のお話は、21世紀になった今も消えることのないお話のひとつ。ウィキペディアで「赤ずきん」の項目を見ると、العربية, Български, Català, Ελληνικά,などこの項目で30言語以上の記述がなされている。それぞれの言語を話す人々の間で、よく知られたお話だという証拠だろう。各国語版にローカライズされた赤ずきんヴァリエーションもあり、たとえばアジアでは中国のチャン・ミーが「金花と熊」というタイトルで書いているし、アフリカにもニキ・ダリーという人が書いた「かわいいサルマ」という絵本がある。パロディもたくさんあるらしいが、わたしはイギリスのキャサリン・ストーの「ポリーとはらべこオオカミ」のシリーズが大好きだった。またさまざまなアーティストによっても作品化され、サラ・ムーンによる写真絵本「赤ずきん」も出版されている。赤ずきんの歴史editor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-76465675771445484102008-08-25T16:24:00.003+09:002008-08-25T17:11:33.074+09:00ウソと日本人 〜 スポーツ報道何年か前のことになるが、日本に住むヨーロッパ人の友人からこう言われた。日本人の特質として"silence," "lie," "suicide"この三つがある、と。沈黙、嘘、自殺。沈黙と自殺はすぐに納得した。黙して語らず、あるいは言葉を重ねることなく相手に重要なことを伝えるという美意識は確かにあるし、自殺はここ数年の日本の自殺者の数を見るまでもなく、死によってお詫びをしたり、悪を浄化させたいと願ったりという心性はおなじみのものだ。また沈黙と自殺はどこか繋がっている気もする。では嘘はどうか。日本のことわざに、「嘘(つき)は泥棒のはじまり」という戒めがあるけれど、同時に「嘘も方便」という言い方もある。ヨーロッパ人の友人は日本人、日本社会の何を見てウソが多いと思ったのだろう。ウソを「(意図された)本当のことではないこと」、と理解することにしよう。本当のことではないこと、は日本人の好みの傾向を表editor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-55004052634828455912008-08-18T16:16:00.002+09:002008-08-18T16:49:13.564+09:00日本語<で>読むこと、日本語<で>書くこと(作家水村美苗の評論を読んで)水村美苗の長編評論「日本語が亡びるとき ------ 英語の世紀の中で」を読んで衝撃を受けた。(「新潮」9月号)葉っぱの坑夫を始めた当初から、母語以外の言葉で作品を書く作家たちにずっと興味を持ち続けてきたが、水村美苗のこの評論は、その対極から見た日本語と言語全般、文学の世界性についての考察であると感じた。今回読んだのは、筑摩書房からこの秋出版予定の全7章からなる評論のうちの最初の3章である。それでも280枚(原稿用紙400字詰めで)に及ぶもので、文芸誌に掲載するものとしてはかなりのボリュームのスペシャル待遇、また思わぬ視点から日本語の未来を捉えた、非常に迫力ある評論となっている。たまたまタイトルをウェブで検索にかけてみたら、「ウェブ進化論」の著者梅田望夫さんがTwitterで「これは必読でしょう」と書いていて、梅田さんの守備範囲の広さに驚くと同時に、この評論のインパクトが及ぶ速度と距離にeditor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-82943344554468955802008-08-04T18:43:00.005+09:002008-08-10T09:51:18.382+09:00自然保護:住む人の視点、訪ねる人のアプローチ去年の秋に試訳を始め、翻訳の協力者を得て、やっと連載をスタートすることができた「雨の降らない土地」。自然や野生を特異な文体で綴ったメアリー・オースティンのテキストに加え、ミヤギユカリさんがそれを読んでイメージした絵をたくさん提供してくれている。本編だけでなく、ミヤギさんの絵を使った小博物誌を含むフラッシュムービーもプロローグとして作ってみた。雨の降らない土地(第1話 7月30日掲載)http://happano.org/landoflittlerain/index.htmlメアリー・オースティンは作家であると同時にナチュラリスト、エコロジストの草分け的存在で、カリフォルニアの沙漠地帯に15年近く暮らした後にこの作品を書き上げた。オーウェンズ・ヴァレーというシエラ・ネヴァダ山脈とインヨー山脈に挟まれた谷間の小さな町を点々として暮らしたという。このあたりはヨセミテなどの景勝地も近くにあり、editor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-48419472022399580252008-07-22T18:26:00.000+09:002008-07-22T18:27:20.345+09:00hunter と trapper、あるいはマタギ「野生の樹木園」という木について語った本を読みはじめて、こんな記述に目がとまった。(マーリオ・リゴーニ・ステルン著、2007年、みすず書房)--- かつて狩猟をしていた者としては、動植物の生態となると無関心ではいられないからだ。狩猟をしていた者、とはこの作家は猟師、あるいは狩人だったのだろうか。それとも人間一般のこととしてそう言っているのか。いずれにしても、狩猟をしていた者だから自然界の生態に無関心ではいられない、と言っているわけだ。よく考えれば当然のこととわかるが、「狩人」と聞けば、銃を持って野生動物を狩猟する人の姿がまず浮かんできてしまう。でも狩猟をするためには、どこに目的の動物がいるかを知っていないとできないし、それを知るためにはその動物が何を餌にしているか、どんな植物を好んで食べるか、水をどこで得ているか、などの知識と情報が必要になるだろう。狩猟の場となる山や森を熟知editor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-35981356107207839412008-06-28T09:39:00.004+09:002008-06-28T10:35:16.387+09:00混血のブラジル。シティ・オブ・ゴッドも、ナザレーも。「シティ・オブ・ゴッド」のTVシリーズを今、CSやCATVで放映している(シネフィル・イマジカ)。数年前に映画の「シティ・オブ・ゴッド」を見て衝撃を受けた人も多いのではないか。リオデジャネイロのスラムに住む少年たちを題材にした映画で、それ1本でメイレレスというブラジル人監督は世界中に名を知られる存在となった。今回のTVシリーズはその3年後に作られたもので、30分×9編のシリーズである。5〜8話までの4本を見たところでは、テレビということもあってか、全体として明るく、軽いタッチで、インターバルに使われているタイトル映像はスパイク・リーを思わせるポップさでなかなか楽しく、いいぞいいぞという感じ。この監督のセンスを感じさせる。ストーリーはスラムに住むアセロラ、ラランジーニャの二人の少年の日常生活とちょっとした冒険、体験を追ったもの。第8話では日系ブラジル人少年二人も登場し、また別の興味も沸editor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-88802202502657317032008-06-09T13:52:00.009+09:002008-06-10T10:47:59.088+09:00印刷、作品、出版物アメリカ在住の写真家アリ・マルコポロスさんが今月13日から東京で新作展をする(ギャラリー・ホワイトルーム・トウキョウ/表参道)。すべての作品をゼロックス(フォトコピー)を使用して制作したと聞いている。また展示内容を本にまとめた「The Chance is Higher」の限定販売もあるらしい。こちらもフォトコピーによるもので、モノクロ40点を集めた作品集(Dashwood Books)。アリさんから聞いたところによると、本は(価格的には高いけれど)素晴らしい仕上がりだそうだ。展示をするホワイトルーム・トウキョウのサイトには、作品を定着させる方法として、ローファイでミニマルなフォトコピーという手法に現在アリさんは魅せられているとあった。葉っぱの坑夫で紙の本をつくり始めて以来、印刷、製本の方法にはずっと興味を持ち続けてきた。それは技術的なことや応用範囲、コストなどもあるけれど、特に注目editor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-91628054143887148702008-05-25T12:01:00.003+09:002008-05-25T12:21:46.109+09:00形になること、プロセス、出版、マニュスクリプトを読む複数のプロジェクトを同時進行させながら、海外、国内の作家から送られてくる作品を見たり、読んだりすることをここのところやっている。プロジェクトの方は、2人〜数人の間で進められることが多いので、それぞれが関わっている他のプロジェクトと調整しながらの進行になり、思いついたところですぐ形になるというわけにはいかない。葉っぱの坑夫を始めた頃は、作品の制作や本づくりと同時進行的に、その進行記録を逐次公開してプロセスと作品が一体化したものという見え方を意識していたところがあった。今は少し違っていて、作品を発表するしないにかかわらず、それぞれの作家やクリエーターとメールでやりとりする量や質は昔と変わらないけれど、現在進行形での経過報告をウェブ上ですることは少ない。また以前のようなスタイルをとることもあるかもしれないが、今はちょっと違った気分というか。もしかしたらここ2、3年のblogやSNSによる、多editor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5916769.post-81384463483542175952008-04-19T17:29:00.001+09:002008-04-21T10:30:48.258+09:00Olympic Voices From Chinaというタイトルのニュースレターを受け取ってメールを見たら、Words Without Bordersという文学ジャーナルの4月号のお知らせだった。WWB(あらゆる境界を超えていく言葉)は世界文学(世界各地で様々な言語で書かれている小説やエッセイ、詩、ノンフィクションなど)を翻訳して出版するオンラインマガジン。紙の本でアンソロジーも出している。orgのアドレスから非営利であることがわかる。使用言語は英語。4月号の特集は中国の女性作家たちの作品を集めたもので、それでちょっと「人目をひいてしまう」前述のタイトルとなっているのだろう。7人の中国女性作家の短編作品やノンフィクション、エッセイがウェブ上で読める。多くの作品は中国語から英訳されたもので(英語で直接書いた人もいるようだが)、作品を集めて編集したYu Yingが翻訳にもかかわっている。Yingは、ナボコフがプーシキンの「オネーギン」の英語editor*Khttp://www.blogger.com/profile/11418405720701316454noreply@blogger.com