tag:blogger.com,1999:blog-218382402009-02-25T10:17:42.888-05:00Little Miracle In Lifeアメリカで体験した妊娠&出産の記録と一般医療についてのレポートをお届けします。
(個人の体験談として書いていますので、参考程度に受け止めていただけるとうれしいです)Takakohttp://www.blogger.com/profile/01532673903048785108noreply@blogger.comBlogger13125tag:blogger.com,1999:blog-21838240.post-1142569805827596412006-03-16T23:28:00.000-05:002006-03-16T23:30:05.830-05:00アメリカのお医者さんて…<span style="color:#666666;">歯医者以外、日本で医者にかかったことがほとんどないので、日本との比較が出来ません。<br />ですので、ここでは私が経験しているこちらのお医者さんや病院についてお伝えできればと思います。あくまでも私の経験からしか語れないので、これだけしかないということではなくて、参考程度と思っていただければ幸いです。<br /><br />1.まず、一般医と専門医が完璧に分離されているので理解しやすいが、ある治療によってはいくつかのクリニックや病院をはしごすることにもなるので、ちょっとめんどう</span><br /><span style="color:#666666;"><br />2.一般医と専門医のネットワークがわりと行き届いていて、情報もきちんと伝達されているようです。<br /><br />3.検査の結果はよほど深刻でない限り、自分から電話して聞くことが多いです。<br /><br />4.初めて医者にかかる場合は一般医(Primary care)という内科医をホームドクターにして、そこからいろいろな専門医を紹介してもらうと手間が省けるし、何かあったときにまず内科医に相談できるという利点があります。<br /><br /><医者の探し方と決め方><br />一般的には自分の加入している医療保険を扱っている医者にかかるのが個人負担や治療費などの点からも良いと思います。大抵、加入している保険会社が独自に医療施設や医者の名簿を開示しているので探しやすいのではないでしょうか。<br /><br />また、知り合いの紹介というのもひとつの手段です。地元の評判とか、かかったことのあるひとに聞くのが手っ取り早いかもしれません。もちろん、合う合わないは自分の判断によりますので、この点考慮しなければなりませんが。<br /><br /><医者に行くときの準備><br />1.日本での治療記録などのカルテのコピー(英訳が望ましい)<br />特に子供や妊婦の場合は過去の病歴や出産歴を重視する医者は多いです。<br />子供の場合は予防接種記録が特に重要で、入学する幼稚園や学校からも要求されるものです。大概小児科では、日本で受けた予防接種の記録を専用のフォームにコピーしてくれます。<br /><br />2.初診の場合は問診表などの記入に時間がかかるので、予約時間の20分から30分前までに到着するといいと思います。<br /><br />3.英語がわからず先生の説明に困る場合は、通訳の方がいると助かります。ただし、自分の病気のことを通訳してもらうので、深刻な場合にはこの点も考慮したほうが無難です。<br /><br />以上、私の経験だけによるお医者さんとのかかわりについて書いてみました。<br />説明の足りない部分も多々ありますので、どうぞご容赦ください。<br /> </span><br /></span><div class="blogger-post-footer"><img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/21838240-114256980582759641?l=little-miracle-in-life.blogspot.com'/></div>Takakohttp://www.blogger.com/profile/01532673903048785108noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-21838240.post-1142569379458399382006-03-16T23:20:00.000-05:002006-03-16T23:37:07.366-05:00お産が終わってもやること一杯!<span style="color:#666666;">1.赤ちゃんが生まれると、付き添っているご主人なりパートナーなり、リストバンドをした人が赤ちゃんについて新生児室に行き、その間にお母さんの処置がなされます。<br /><br />2.赤ちゃんの身体検査、血液検査、目薬投与などをすべて最初に見られるのは、生んだお母さんでなくお父さんなので、ちょっと不満?でもお母さんは大仕事を果たした後だから、一人でゆっくり休みたいのというのもあるかな。</span><span style="color:#666666;"><br /><br />3.そして、お母さんは病室に戻ります(車椅子かベッドに寝たまま連れて行ってもらいます)病室はほとんどが個室になっていて、トイレ、シャワー付きです。(これも病院ツアーで見せてもらえます)<br /><br />4.しばらくすると看護婦さんが赤ちゃんを病室まで連れてきてくれて、めでたくご対面となります。でも赤ちゃんを手渡すときも、看護婦さんは赤ちゃんにつけられたリストバンドとお母さん、お父さんのリストバンドの照合を必ずします。赤ちゃんの差し替え事件の予防ですね。<br /><br />5.自然分娩の場合、加入している医療保険によっても違いますが、普通2泊の入院で3日目には退院させられます(という感覚です)。また帝王切開でも4泊くらいだったような気がします。ですので、退院後のお母さんの回復にお父さんの協力は不可欠。もちろんご実家からの応援があればこれまた頼もしいですね。<br /><br />6.入院中には、いろいろな人たちが病院に訪れます。お見舞いの方たちのほかにも、事務的な処理のために訪ねてくる人たちがいます。<br /><br />a. </span><span style="color:#666666;">前述の小児科医が赤ちゃんの診察に来て、結果を報告に来ます。次の新生児検診などの大まかなスケジュールを教えてくれる医者もいますので、聞き逃さないよう、メモなど取るのがいいかもしれません。<br /><br />b. </span><span style="color:#666666;">病院側からバースデーギフトパッケージが贈られます。ダイパーバッグの中にオムツのサンプルや、ミルクのサンプル、たくさんのクーポン、そして、またまたたくさんの書類の山?!<br /><br />c. この書類には出生届(出生証明書発行依頼書)が入っていることもあるので、気をつけて1枚1枚確認することが大切です。*出生届の申請方法は別途ご説明します* ところで、ミドルネームはどうされますか?<br /><br />d. アメリカで生まれると自動的にアメリカ市民となるため、必然的に社会保障番号も申請しなければなりません。いわゆるソーシャルセキュリティー番号のことです。<br />これも指定の申請書がありますので、別途ご説明します。<br /><br />e. 忘れてならないのが、日本への出生届です。届出用紙はインターネットでも入手可能ですので、居住州の管轄の日本領事館のウェブサイトにて検索するとわかります。<br /><br />f. 母乳で赤ちゃんを育てたい場合、母乳に関する専門の栄養士や看護婦が病室に来て詳しい授乳方法とか母乳のでを良くするマッサージの方法とかの説明をしてくれます。万が一、母乳が出にくかったりすると、病院によっては有料で搾乳ポンプを貸し出してくれたりもします。<br /><br />訪問者はこんなところでしょうか。。。<br /></span><br /><span style="color:#666666;">7.さて、いよいよ退院です。<br /> 病室から正面玄関までは看護婦さんなり、病院のボランティアのかたがお母さんを車椅子で連れて行ってくれますので、ご主人や付き添いの方は赤ちゃんと荷物の担当になります。<br />ここで大事なのは、車に乗せるベビー用カーシートがないと、退院が許されないことです(と聞いています)ですので、カーシートは必ず事前に用意してください。<br /><br />8.自宅にもどったらいよいよ親子としての生活の始まり。<br />不安や疑問が洪水のように沸き起こっても、おぼれる前に助けを求めることをお勧めします。小児科医でも、産婦人科医でも、各看護婦でも、親身になって質問に答えてくれますので、おそれず聞くことです。まして、初めて親になったら、知識0からの出発なんだからね。<br /><br />でも…<br />妊娠中はまだ自分だけだから、勉強しようと思えばできるので、いまどきのインターネットや、妊娠百科などの本、『アメリカで赤ちゃんを産むとき』のような本などから、出来る限りの知識や、妊娠、出産で使う英語の単語を覚えておくことが出産という大きなイベントの不安を少しでも緩和するのに役立つのだと思います。<br /><br />実際、わたしもこの『アメリカで赤ちゃんを産むとき』という本を買って、一生懸命読みました。知らない単語がたくさん出てきたけど、検診のときにも持参して、先生に教えてもらったりしたこともあります。参考になると思います。<br /><br />最低でも胎児の成長過程くらいは知っておきましょう。親としての責任でもあります。<br /><br />妊娠、出産編はこれにておしまいです。</span><br /><br /></span><div class="blogger-post-footer"><img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/21838240-114256937945839938?l=little-miracle-in-life.blogspot.com'/></div>Takakohttp://www.blogger.com/profile/01532673903048785108noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-21838240.post-1142272611191550972006-03-13T12:46:00.000-05:002006-03-14T00:57:47.226-05:00みなさま、ごめんなさい!!!!!このブログを読んでくださっているみなさん、こんにちは。<br /><br />最後に投稿してからもう2週間以上手をつけずにぐーたらしていました(大汗)<br />それにブロガー・ドッコムの設定システムをいまいち理解していなかったので、皆さんからのたくさんのコメントがあったことも、今日の今日までわからなかったのです??(ドジ!!)<br /><br />それで…<br />それぞれのエピソードにコメントを下さった方々には、一両日中に折り返しコメントをお返しするつもりでいますので、ぞうぞお許しください。<br />なんだか今更な?って思う方もいらっしゃるのも覚悟の上でございます。<br /><br />最後の投稿「一般的なお話」の後は、産婦人科に限らず、一般的にアメリカで医者にかかるときの心配事とか、どうすりゃいいのさ、とか何準備してったらいいの???っていう疑問に素直に答えたり、自分自身のこれまた体験談を踏まえたものとして、これも一両日中にアップいたします。<br /><br />そして一応この「お医者さん」シリーズは完結予定なのですが、その後はQ&Aとか、医療や保険に限らず、アメリカで生活していくうえで「ふ?、困ったぞ」とか「こんなこと誰に聞いたらいいのかな?」などのシンプルな疑問などを、やっぱり自分のエピソードを盛り込んで続けていけたらと思います。<br /><br />せっかくブロガー・ドッコムをオープンしたので、当分は何かの形で続けたいし…<br /><br />わたしよりもずーっと文才があって、情報通な方たちのブログやHPのほうが、アメリカでの生活面などでは役立つものが多いと思います。<br />ですので、このブログはいちおう、One of themというスタンスで行きたいと思います。<br /><br />それでは、再び皆さんごめんなさい!!!<br />これに懲りず、またいらしてください。そして思いっきりカツ入れてください!!<br /><br />Thank you for reading my stuff!<div class="blogger-post-footer"><img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/21838240-114227261119155097?l=little-miracle-in-life.blogspot.com'/></div>Takakohttp://www.blogger.com/profile/01532673903048785108noreply@blogger.com2tag:blogger.com,1999:blog-21838240.post-1141255596077240732006-03-01T17:59:00.000-05:002006-03-02T07:34:06.743-05:00一般的なお話をひとつ…<span style="color:#666666;">ここでは自分の経験と重複しますので、一般的な説明ということにします。</span><br /><span style="color:#666666;"><br />妊娠すると、まず産婦人科のオフィスで検診が始まります。<br />検診のプロセスは妊娠月齢が進むにつれ、いろいろな検査も付随して行われます。<br />妊娠がわかり医者と面談する時点で、どういう出産をしたいのか、希望を伝えておくほうがいいです。自然分娩、無痛分娩、帝王切開(わざわざ望む人はいないと思うけど)、自宅で出産、ミッドワイフといわれるいわゆる助産婦さんに付き添ってもらいたいとか…<br />そして、検査は次のものが一般的ではないでしょうか。またお産までのプロセスもその後に続きます。<br /><br />1.妊娠初期から臨月に至るまで、毎回尿検査と体重測定があります。<br />2.途中最低5?8回くらいは超音波検査も行われます。(胎児の状態にもよるので回数は不確かです)<br />3.血液検査も何度かします。<br />4.妊娠糖尿病検査も妊娠中の大事な検査です。<br />甘いジュースのような液体を1缶飲み干し、1時間ほどしたら血液検査をします。その結果、血糖値が高ければ、食事療法や薬物療法などで治療ということになります。<br /><br />*血糖値が基準より高い場合:<br />医者から糖尿病専門の栄養士を紹介され、食事制限などの講習を受けます<br />また糖尿病専門の看護婦からも同様の講習、血糖値測定器の使い方などを教わります。<br />(どちらも予約が必要で、講習は各1時間くらいです)<br />1.羊水検査もオプションとして選べます。<br />オプションとしたのは、検査を希望できるのと、または必要に応じということです。<br />特に私のような高齢妊婦は医者から薦められたりします。これもあくまでも自分の選択にゆだねられることがあり、治療の一環でなければ検査することはありません。<br />この検査は胎児の染色体異常を検査し、ダウン症などの先天性以上があるかどうかを見極めることにあります。同時に、性別もわかりますので、出産準備などがしやすくなります。(私も受けましたが、目的は後者でした(笑))<br />2.妊娠後期になると、内診も加わり、検診の回数も多く間隔も短くなります。<br /><br /><お産が近づくと…><br />**生まれてくる赤ちゃんのために小児科の医者を探しておかなければなりません。<br />私の場合、候補となる何人かのお医者さんとアポを取って会ってから決めました。決まった時点で産婦人科の医者か、入院したときに受付に小児科の医者の名前、電話番号を伝えておくと、赤ちゃんが生まれた直後に病院から小児科に連絡が行き、小児科医が病院に出向いて赤ちゃんの新生児検査をしてくれます。<br />1.臨月近くには、実際に出産する病院の産婦人科病棟の見学ツアーや、出産のシュミレーションなどの講習会(出産のビデオとか、実際にひ?ひ?、ふ?ふ?とかやるんですよ?)があり、大概ご主人やパートナーと出席します。子供同伴はご遠慮してください戸のところが多いので、既にお子さんがいるご家庭はベビーシッターをお願いしたほうがよいです。<br />実際に出産する病院といったのは、普段検診を受けているクリニックは出産施設がなく、出産は病院でというのが一般的です。もちろん、自宅での出産を望む方は要相談ということになりますが。<br /><br />2.いよいよ臨月にはいり、ここまで胎児にも妊婦にも異常がなければ、予定日まで待機ということになります。または計画分娩をする方は医者の指示により指定日に入院し、誘発分娩に臨むということもあります。<br /><br />3.予定日が近づき、陣痛が始まったら、まずその頻度や間隔を測り、医者に連絡します。一般的にはどの医者もオンコールドクターシステムというのを持っていて、ポケベルや電話取次ぎサービスなどと契約しているため、24時間大勢で医者への連絡が取れるようになっています。自分の主治医でなくても、おなじ医療グループの医者が代理となる場合もあります。<br /><br />4.陣痛が始まり医者の指示があれば、支度をして病院へ直行。すぐに入院となり、いよいよ出産です。<br /><br />5.入院の手続きをすると、まず妊婦さんは身元を確認するためのリストバンドをつけます。それと、付添い人(普通語主人とか、パートナーとか)も同じリストバンドをつけます。このバンドには氏名、パートナー名、住所などが記載されています。<br /><br />6.看護婦が内診し、いまどの程度までお産が進みつつあるのか、赤ちゃんの頭の位置などをチェックします。その間に点滴用の血管確保のチューブを挿入したり、心拍モニターをつけたり、尿検査、血液検査なども行われることもあります。<br /><br />7.まずは、分娩用ベッドでゆっくりとおちつき、出産のときを待ちます。<br />大体1時間ごとに看護婦や看護師が来て、内診とモニターのデータをチェックします。<br />無痛分娩を希望しているばあいは、子宮口がある程度(たしか6センチくらいかな)開いた時点で麻酔医が登場し、局部麻酔を投与してくれます。これは下半身だけがしびれてくるものなので足がふらふらするのですが、りきみたい感覚はそのまま残るので、陣痛の波は感じ取ることができます。<br /><br />8.ここで面白いのは、医者は病院にはすぐ来ることはなく(その医者が常駐などであれば別ですが)、病院の看護婦や看護師が大概の世話をしてくれます。もちろん病院からは入院した時点で医者に連絡をしてくれるので、医者のほうもタイミングを見計らって駆けつけてくれます。でもその医者が当日緊急手術などに立ち会うことになってしまうと、代わりの医者が出産に立ち会って赤ちゃんを取り上げてくれるので、そういう場合も想定しておいたほうが安心です。(まったく問題はありませんが)<br /><br />9.出産には、普通なら家族の立会いが許されます。家族といってもダンナから親戚に至るまで、分娩室に入れる人数もその病院によって異なります。帝王切開になってもよほど緊急な状態でなければ少なくともダンナ(またはパートナー)の付き添いが許されるところが一般的だと思います。<br /><br />10.そして万が一何か問題が発生して緊急帝王切開なんてことにならない限り、自然分娩で赤ちゃんが生まれ、母子ともに健康な状態で出産が終了します。<br /></span><br /></span><div class="blogger-post-footer"><img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/21838240-114125559607724073?l=little-miracle-in-life.blogspot.com'/></div>Takakohttp://www.blogger.com/profile/01532673903048785108noreply@blogger.com3tag:blogger.com,1999:blog-21838240.post-1141101984153489552006-02-27T23:43:00.000-05:002006-03-01T09:50:53.926-05:00親子水入らず…育児101スタート!<span style="color:#666666;">退院を許可される前にはまだやることがいくつかありました。<br /></span><br /><span style="color:#666666;">今まで娘が着ていた病院の肌着から、家から持ってきた真新しい洋服に自分で着せ替えることもそのひとつ。その前には看護婦さんが出生時に取り忘れた足型を取ってくれました。(忘れるなんて?!)<br /><br /></span><span style="color:#666666;"></span><span style="color:#666666;">退院する患者さんの家族は優先的に病院の正面玄関に車を寄せることが出来るので、ダンナが車を動かしている間に、私は娘を専用のベビーキャリーに乗せ、病室で待機していました。まもなくダンナが病室に戻ってきて、いよいよこの病室、病院ともお別れです。<br /><br />病院のボランティアの方が(優しい叔母ちゃんでした)が私に車椅子を勧めてくれ、エレベーターで玄関まで連れて行ってくれました。ダンナは既に荷物を車に運び出してくれていたので、唯一娘の乗ったキャリーを運ぶだけ。いよいよ自宅へ向かいます。<br />いつもは制限速度以上のスピードで運転するくせに、この日の彼はとっても緊張していました。25マイルのところはきっちり25マイルで?、と優等生みたいな走り!<br />途中、病院に来られなかった知り合いのおばあちゃん夫婦の家に立ち寄り、娘との初対面をしてもらいました。この日は3月初めにしては肌寒く曇っていたので、そのおばあちゃんが作ってくれたアフガンで娘をくるんでいたこともあり、おばあちゃんも感無量でした。<br /><br />そしていよいよ家に到着しました?!<br />我が家で唯一の娘だった?犬のサラ…<br />主人や私がしばらく家を空けていたことが彼女にもショックだったらしく、余り元気がありませんでした…が、娘を見せて匂いをかがせ、少しずつ慣れさせていくようにしました。<br /><br />そして、眠れない毎日がまる3ヶ月続く、育児への道への第一歩を踏み出しました。とさ?!(完)</span><br /><span style="color:#666666;"></span><br /><span style="color:#666666;">***************************************************************</span><br /><span style="color:#666666;">次回からは妊娠、出産について、また一般的にアメリカで医者にかかるときの心得なんぞをお伝えできたらと思います。近日中にアップしますので、お楽しみに!</span><br /><span style="color:#666666;"></span><div class="blogger-post-footer"><img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/21838240-114110198415348955?l=little-miracle-in-life.blogspot.com'/></div>Takakohttp://www.blogger.com/profile/01532673903048785108noreply@blogger.com2tag:blogger.com,1999:blog-21838240.post-1140842705716939482006-02-24T23:39:00.000-05:002006-02-26T07:00:46.753-05:00こんにちは赤ちゃん<span style="color:#666666;">娘が生まれてから数時間もしないうちにいろいろな人が病室を訪れ、わたしも休むまもなく対応に追われていました。それでも出産を無事に終えたという安堵感で一杯でした。<br />出産は病気ではないとはいえ、下半身にはアイスパックが当てられ、やっぱりしばらくは動けませんでした。導尿管も入っていたのでトイレに行くこともなくその夜はゆっくりと眠りました。<br />そして翌朝その管もはずされ、いよいよ自分で起き上がってトイレに…とはおもったのですが、どうしたらいいのかわからず、思わず看護婦さんにヘルプをもとめてしまいました。<br />というか、ちゃんと出るかわからなかったんだもん。<br />こういう時こそ看護婦さんを尊敬しちゃいますよね。『ちゃんとでてるよ?』とほめてくれたよ。<br /></span><br /><span style="color:#666666;">2日目にはお願いしていた小児科の先生が娘を診察に来てくれたり、母乳スペシャリスト(栄養士なのか)が母乳の与え方や手入れの仕方などをレクチャーしてくれました。が、私の場合母乳は持病が原因で完全に枯渇していたようでした。というか、そんな兆候がまったく感じられなかったので、一応退院時に搾乳ポンプをレンタルしたのですが、即日で返却となりました。でもこのスペシャリストの方から人口ミルクだって十分に栄養は与えられるから何も心配する事はないといわれたので、一安心。まあ、お金はかかるけど、仕方ないよね。あと、免疫を植えつけられないというのもあるかも…と一抹の心配はありましたが、チョイスはありません。<br /><br />結局Dr. Kにおねだりして退院を4日後に延ばしてもらい、その間わたしはパラダイス?の中でお気楽入院生活を過ごしました。初日からアツアツの豪華食事が三食運ばれ、それもメニューから選び放題よ。スナックだって大きなバスケットにこんもりと盛られ、ジュースやソーダも病室の向かいのキッチンにある冷蔵庫からもらい放題(ただよ)。飲み物は家族やお見舞いの方たちにもあげてもOKでした。<br />だんだん体も元に戻りつつあり、一日中娘を部屋で見守ることもできました。<br />また、いろいろな書類の手続き(出生証明書、ソーシャルセキュリティーの申請、写真購入の申し込みなどなど)などをしたりして、3泊の入院生活もあっという間に終わろうとしていました。そして、いよいよ退院です。</span><div class="blogger-post-footer"><img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/21838240-114084270571693948?l=little-miracle-in-life.blogspot.com'/></div>Takakohttp://www.blogger.com/profile/01532673903048785108noreply@blogger.com4tag:blogger.com,1999:blog-21838240.post-1140567231000816022006-02-21T19:08:00.000-05:002006-02-23T22:45:17.900-05:00Baby!<span style="color:#666666;">病院までは車でほんの7分くらいの距離で、それも夜中2時を回っていたせいもあって、あっという間に到着しました。既に病院ツアーで覚えていたとおりの道順をたどり、産婦人科病棟へ。ここで簡単な入院手続きを済ませ、私たちはプレップルームという、検査室(カーテンで仕切ってある大部屋)に通され、専用ガウンに着替えました。まもなく看護婦が来てお腹に吸盤をつけモニターが作動。内診の結果、子宮口が5センチ開いていることがわかりました。<br />しばらくしてから分娩室へ移動し、ここでまた本格的にモニターでチェックを受けしばらく過ごしました。なぜかもがくような陣痛の痛みはなく、とにかくプレッシャーがあまり心地よいものではありませんでした。そして再び看護婦が様子を見に来てくれ、無痛分娩をするかどうか聞いてくれました。<br />答えはもちろん「YES!」ですよ。<br />子宮口が7センチに達したとところで麻酔医を呼んでくれ、いよいよ脊髄から下半身だけに効く麻酔が入りました。<br />さすがにダンナはその注射針の長さに卒倒しそうになったらしいですが私には見えるはずもなく、とにかくこのプレッシャーから逃れられただけ、ほっとしました。<br />エピデュラル(麻酔液)がはいるとお産の進みが遅くなるので、ちょっと退屈でもありましたが眠くもなかったので、ダンナとちょこちょこと話したりして時間を過ごしました。<br /></span><br /><span style="color:#666666;">このあたりからダンナは常に冷静を保ち、ジーンズのポケットに両手を突っ込み、私には当たらず障らずを心がけていたそうです。これも病院で受けた講習会で知合った別のカップルのだんなさんから教えてもらった知恵だったとか…つまり、陣痛に苦しむ奥さんはどんな醜い態度に出るかわからないから、常に自分だけでも冷静でいたほうがいいよってこと、それに奥さんによっては指先で触れられるのもいや!!ってくらい気が動転してしまうらしいとも聞いたようです。全て</span><span style="color:#666666;">後から知らされましたけどね。</span><br /><span style="color:#666666;"><br />明け方6時過ぎにダンナが兄夫婦(あの”WE ARE PREGNANT!”の義姉夫婦です)に連絡、彼らはすぐに駆けつけてくれ、分娩室にはいるなり満面の笑みを見せてくれたので、わたしもとても幸せな気分になりました。<br /><br />そして9時過ぎ、いよいよ子宮口も10センチ開き、Dr. Kも来てくれました。一般的に医者はクライマックスの出産間近にくるのが通例みたいです。<br />そしてDr.Kからプッシュしていいよ?とOKがでてからやく1時間。<br />最初はどこに力をいれたらいいのかわからず、体力を無駄にしていたようですが、そうか?、便秘のときみたいに力めばでるかも!と変なアイデアが浮かび、その要領で(どんな要領なんだか。。。)やってみたら先生がほめるったら!@!<br /><br />そのうちDr. Kが「ちょっと待って?」と私のプッシュを止め、気づけば赤ちゃんは先生の手の中に!<br />へっ?もう出ちゃったの?っていう感じでわが娘は誕生しました。<br />あいにくへその緒が1巻き首に巻き付いていたので心拍数が落ちるという危機も一瞬ありましたが、そのへその緒もDr. Kはカウボーイのごとく一振りで振りほどき、事なきをえたのです。(この様子はダンナが始終見ていたので、未だにカウボーイストーリーとして語り継がれております)</span><br /></span><span style="color:#666666;"></span><br /><span style="color:#666666;"></span><br /><a href="http://photos1.blogger.com/blogger/5373/2212/1600/babysam.1.jpg"><span style="color:#666666;"><img style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 10px; CURSOR: hand; TEXT-ALIGN: center" alt="" src="http://photos1.blogger.com/blogger/5373/2212/320/babysam.1.jpg" border="0" /></span></a><div class="blogger-post-footer"><img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/21838240-114056723100081602?l=little-miracle-in-life.blogspot.com'/></div>Takakohttp://www.blogger.com/profile/01532673903048785108noreply@blogger.com7tag:blogger.com,1999:blog-21838240.post-1140443050394182772006-02-20T08:42:00.000-05:002006-02-20T08:46:08.746-05:00来たよ、陣痛が。<span style="color:#666666;">予定日がいよいよ3週間後に迫り、それでも会社勤めは辞めていなかったのですが、上司から『ここで(オフィスで)生まれても困るからさ?、そろそろ休んでいいよ』と優しい?お言葉を頂き、早速その週末から産休に突入しました。家にいる習慣がなく過ごしてきたので、一日一人でいてもなんだか退屈。当時は今ほどのキルト熱もなかったので、結局テレビを見てスナックを食べて?という、完璧カウチポテトに甘んじていました。まあ、妊婦でもうすぐ出産なんだから今のうちに休まなきゃね。と自分に良いように解釈して、出産の日を待ったわけです。<br /><br />この間も相変わらずテレビの『Baby Story』はかかさず見てお勉強。でもこの頃からなぜか涙もろくなり、赤ちゃんが生まれた場面では一緒になって涙をながしたり、感動にむせたりしていました。やはり私の中の母性本能は確実に成長していたのですね。<br /><br />ところが予定日が2日後になっても体調に変化はありません。そして予定日も何の変化もなく、あえなく終わりました。<br />そして予定日を過ぎた3日後…<br />ちょうどその日は土曜日でダンナも休み。わたしがあまりにも退屈にしていたので、それじゃードライブでもしようかということになり、近くに住む彼のおじさんの家に遊びに行きました。何の連絡もせず偶然立ち寄ったのですが、彼の別のいとこがコロラドからちょうど遊びに来ていて、その日はまたまたポットラックパーティをやるところだったのです。ラッキーとばかりに私たちも急遽参加することに(というか、既にそのつもりになっていたのですが)<br /><br />このパーティの途中から下腹部にプレッシャーを感じるようになりました。それもしばらくするとおさまるのですが、またプレッシャーが来る。この繰り返しを感じながらもパーティではたらふく食べました。デザートのケーキやクッキーもしっかりとね。<br /><br />そして家に帰り、しばらくしてからまた夜食?<br />夜9時過ぎになりソファに座ったあたりから昼間感じたプレッシャーが少し強くなり、それも感覚がだんだん縮まってきた気がしました。それでもしかしたら陣痛?と遅ればせながら実感し、時間を計ってみることにしました。時計を見ながら測ると、プレッシャーの来る間隔が20分から15分になっているのです。でもその後この間隔が続いたので、心配ではありましたが寝ることにしました。<br />ベッドに入ってからもプレッシャーは来ては去るの繰り返し。<br />そして1時半くらいに数分間隔になったところで、ダンナを揺り起こし、Dr. Kに電話してくれるよう頼みました。<br />ダンナ『何て言うんだよ?』と寝ぼけ眼でお間抜けな返答をしていましたが、とにかくプレッシャー(陣痛)がきているみたいだからと言ってもらい先生の指示を仰ぐことになりました。<br />Dr. Kはポケベルで起こされたらしく眠たそうな声だったみたいですが、それでもシャワーを浴びて病院に直行するよう言ってくれました。<br />いよいよ出産です!</span><div class="blogger-post-footer"><img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/21838240-114044305039418277?l=little-miracle-in-life.blogspot.com'/></div>Takakohttp://www.blogger.com/profile/01532673903048785108noreply@blogger.com2tag:blogger.com,1999:blog-21838240.post-1140065706402336882006-02-15T23:51:00.000-05:002006-02-15T23:56:08.263-05:00フレンチフライで楽勝だい!<span style="color:#666666;">そうそう、妊娠するとある食べ物に執着すると聞いたことがありましたが、私にもそんな時期がきました。</span><br /><span style="color:#666666;">妊娠6ヶ月を過ぎたあたりから、食欲が復活!!<br /></span><span style="color:#666666;">結構油ものもOKで、自分でも驚くばかりでした。特に会社の近くのファーストフードにはほとんど毎日通い、フレンチフライは特大をオーダーしていたほどです。<br />フレンチフライへの執着は結局臨月まで続きました。何故フレンチフライだったのか、7</span><span style="color:#666666;">年たった今でもわかりません???<br /><br />また、そろそろ名前も考えなきゃねってことで、近くの本屋で赤ちゃんの名前の本を数冊購入しました。どれをみてもしっくりこない。。。ファーストネームはアメリカ式で、ミドルネームはやっぱり日本式の名前を希望していたのでとにかく慎重に決めようと、迷いに迷って、時にはダンナと言い合いにまで発展するという状況にもはまりましたが、やっと二人で納得できる名前にたどり着きました。たぶん3週間以上はかかったのではないでしょうか。</span><br /><span style="color:#666666;">そして決めてからは迷うこともなく、既にダンナはお腹に向かってその名前で呼びかけ始めていました。きっと娘もその声が聞こえていたでしょうね。おこしてごめんね?。<br /><br />この時期にはまた、小児科の先生も何人か面接して決めておきました。<br /><br />妊娠後期はほんとに楽勝でした。OHの冬は半端な寒さじゃないのですが、日本式の腹巻(戌の日の腹帯でしたっけ)をするわけでもなく、シンプルな妊婦服を着て過ごしていました。<br /><br />いよいよ妊娠も後期に入り、私の周りもにわかにエキサイトしてきました。<br />“WE ARE PREGNANT!”と雄叫び狂喜した義姉がベビーシャワーを開いてくれることになりました。<br />場所は我が家で、妊娠8が月も後半にはいったある週末。既に義姉から招待状があちこちに送られ、出席者は30人を越えていたでしょうか。<br />この日はちょうどプロフットボールの試合もあったため、男連中は皆義姉の家に退散し、試合三昧ということで、シャワーは女の園と化しました?。<br /></span><br /><span style="color:#666666;">メンバーは私の友人数名、義姉数名、叔母、いとこ(すべてダンナの親戚です)とその子供たち(女の子)でした。<br />私の特等席が決まっていて、皆の注目を浴びる位置。照れくささと顔と名前が一致しない困惑から、自分でもどうしたらいいかふらふらしてしまいましたが、そこは慣れた義姉がしきることといったら。<br />ポットラックのご馳走や、数え切れないほどのプレゼント、ユニークなゲームなどもいくつかやったり、おしゃべりに花が咲いたりと、とても楽しい時間を過ごすことができました。<br /><br />それから2週間後には真向かいのお家で近所の方たちが別にベビーシャワーを開いてくださいました。これもまた近所づきあいのあったかさをひしひしと感じたひと時で、そしてたくさんのプレゼントでほくほくでした?。<br /><br />出産を間近に控え、Dr. Kの看護婦から薦められた1日コースの出産ツアーに参加しました。</span><br /><span style="color:#666666;">これは自分が出産する病院が主催するもので、半日の病院内見学と出産のシュミレーションが主な内容です。もちろん出産に立ち会うパートナー(ダンナやボーイフレンド、人によっては母親とか姉妹とか)も同席し、レーバーコーチとしての役目などを学びます。<br /></span><br /><span style="color:#666666;">産科病棟はとても雰囲気がよく、病室も完全個室制で、シャワールーム、バスルームも完備されています。部屋自体もホテルの一室のような壁紙や家具が調度され、そこで緊張感が和らぎました。新生児室の赤ちゃんも見ることが出来、私たちが通りかかったときには本当に生まれたばかりの赤ちゃんが看護婦さんの処置を受けていました。</span><br /><span style="color:#666666;">でも大きかったよ、あの赤ちゃん。金髪だったしね。(ちょーかわい?)</span><br /><span style="color:#666666;"></span><br /><span style="color:#666666;">(次回はいよいよ佳境に入ります?)</span><br /><span style="color:#666666;"></span><div class="blogger-post-footer"><img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/21838240-114006570640233688?l=little-miracle-in-life.blogspot.com'/></div>Takakohttp://www.blogger.com/profile/01532673903048785108noreply@blogger.com2tag:blogger.com,1999:blog-21838240.post-1139810417272033452006-02-13T00:49:00.000-05:002006-02-13T01:01:53.096-05:00忙しい日々<span style="color:#666666;">それからが忙しい毎日。<br />親、親戚、友達に妊娠のニュースを号外し、皆からは驚きと喜びのメッセージをもらいました。儀姉は『私たち妊娠したのよ?!!(WE ARE PREGNANT!!)』ともう大はしゃぎでした。<br /><br />そして、早速インターネットで妊娠に関する情報を集め、いろいろな本や雑誌を購入し、妊婦としての勉強を始めました。<br />そこで非常に参考になった本がこれです。(</span><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4822408116/africa07-22/ref=nosim/250-3862541-6435453"><span style="color:#666666;">アメリカで赤ちゃんを産むとき</span></a><span style="color:#666666;">)<br />もちろん、バルーンとか、妊娠百科も写真付きの解説や、他の妊婦さんの体験談などが参考になり、とても役に立ちました。<br /><br />またこちらのローカルテレビでは平日の昼間に『Baby Story』という番組が放映されていて、普通の妊婦さんの出産の模様を見ることが出来ました。妊婦さんの背景やベビーシャワー、出産、そして出産後の感想などがドキュメンタリー形式になっているので、とても現実的で、自分はどんな出産を経験するんだろうと、日に日に実感がわいてきたものです。<br /><br />そうそう、妊娠2ヶ月にも満たない6月末に日本へ一時帰国したんでした。この旅行は妊娠前に既に決めていたのでキャンセルすることもなく決行となりました。実はこの年は亡き父の3回忌ということもあり、その法要に出席することが目的だったのですが、うれしいニュースも報告できるということで感無量でした。<br />帰国し実家についてからすぐに母と兄に報告した途端、母から「飛行機になんて乗ってきちゃいけないんじゃないの?!!大事にしなきゃだめだからね!」といきなりお目玉を一発受けました(獏)<br />出発前にDr.Kに確認し、機内は乾燥するので水分補給さえ十分していれば大丈夫とのお墨付きをもらったことも母には言ったのですが、どうも半信半疑。<br />もう来ちゃったんだからいいじゃん、あとは私の気分しだいだから、おいしいご飯食べさせてよ!と久々のわがままを言い放題。でもやっぱり気持ち悪くて思ったほど食べられなかったんですけど(とほほ)<br /><br />そんなこんなで無事父の墓前にも報告することができ、安心してアメリカに戻ってきました。<br /><br />妊娠してからも会社勤めはやめず、毎日車通勤していました。最初の3ヶ月は毎日吐き気と頭痛に悩まされ、特に会議がある日は休みがち(いい口実か。。)になったりして、社員としてはご迷惑をかけていたかもしれません。でも、アメリカで働くことの利点に、こういう弱者(妊婦も弱者扱いされます)に対する保護法が徹底していて、正当な理由がある限り会社を休んでも雇用主による社員への解雇や差別が禁止されているのです。ほんと、救済法ですよね。またFMLAという家族医療休業法という法律も適用されたので、検診のために会社を休んでも遅刻しても処罰の対象にはならず、心置きなく妊娠生活を送ることが出来ました。<br /><br />妊娠5ヶ月目に入った頃、Dr. Kから羊水検査を受けるかどうか打診されました。<br />これは特に高齢出産をする妊婦を対象とする検査で、子宮から羊水を採取し、胎児の染色体を調べ、ダウン症などの先天性異常について調べるものなのです。もちろん胎児への影響、リスクもない事はないのですが、この利点は胎児の性別が判明することにもありました。<br /><br />そして、ダンナと相談し、後者の理由から(性別がわかれば準備もしやすい!)羊水検査を受けることにしました。<br />そして、いよいよ検査の日が来ました。Dr. Kのオフィスの検査室に通され、大きなおなかを突き出して、いよいよ注射針をおなかに!<br />超音波で胎児の動きを注意深く見守りながらどこに針を通すかを確認した上で、お腹に麻酔液をちくりと投与。そして、いよいよ羊水を採取するための注射針が…かなり長いチューブで、それを見た瞬間から思わず目を閉じてしまいました。でもモニターに移る針先を見たときには、『ギョへ?、ほんとにこれが子宮に貫通したんだ!』となんだか変な感動さえ覚えましたが。そして1分もしないうちに羊水を何ccか採取し、無事終了。しばらく安静にしていなさいといわれ、思わず昼寝でもしようかと錯覚?<br />家に帰った後も安静にするように指示されたので、何もせずカウチでゆっくりとすごしました。<br /><br />そして、数日後、やはり看護婦から結果の電話がありました。<br />看護婦『染色体異常などの異常はまったく認められませんでした。』<br />私『ほっとしました。ありがとうございました。』<br />看護婦『性別知りたい?』<br />私『もちろんです!』<br />看護婦『旦那さんも知りたがってるの?』<br />私「そりゃ?そーですよ」<br />ってことで、めでたく女の子が生まれることがわかったのです。<br />そして早速ダンナに電話で連絡。<br /><br />私『検査結果出たよ?知りたい?』<br />ダンナ「何だって、何だって(かなり焦り気味)<br />私「Are you ready for a girl’s daddy?」(女の子のパパになる準備OK?)<br />ダンナ「@#$%$#%!@#%^$^(有頂天?)」<br /><br />そして、もちろんベビー用の家具や洋服、オムツなどの日用品を買出しに行き始めました。<br />女の子とわかったことが買い物への引き金となり、家具もどんなものを選んだらいいのかといろいろ調べた結果、やはり伝統的なベビーベッド、チェンジングテーブル(着替えやオムツを交換するときに寝かせるテーブルのついたタンスのこと)、そのほかにもうひとつタンスを買うことに決めました。<br />こちらでは赤ちゃんが生まれるのに合わせ、何かテーマを決めてナーサリールームを模様替えしたり、ベッドのシーツやブランケットなどをそのテーマにあわせてそろえるのが一般的なようで、私たちはテディーベアに決めました。理由は単にかわいかったから。でもこれが生まれてくる娘の趣味の伏線だったとは。。。</span><div class="blogger-post-footer"><img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/21838240-113981041727203345?l=little-miracle-in-life.blogspot.com'/></div>Takakohttp://www.blogger.com/profile/01532673903048785108noreply@blogger.com5tag:blogger.com,1999:blog-21838240.post-1139289696489417862006-02-07T00:19:00.000-05:002006-02-07T14:53:54.640-05:00夢の実現に向けて…<span style="color:#666666;">先日の検査結果は看護婦からの電話で知らされました。<br />血液検査のある数値が妊娠を妨げていたらしく、精密検査が必要なこと、また不妊治療というこれも未知な世界に自分を投入しなければならないことも告げられました。<br /></span><span style="color:#666666;">Dr. Kは一般の産婦人科なので、不妊治療はその専門医から受けることになります。<br />そしてDr. Kに紹介された専門医グループの中から、やっと予約できたのがDr. Gでした。(出会いとはそんなもんです…)<br /><br />この間1ヶ月は基礎体温の記録を取ることに専念し、やっとDr.Gとの面談にこぎつけました。<br />このクリニックもなんだか普通のオフィスのようで、ラウンジはゆったりとしていて、クラシック音楽さえ流れていました。<br />Dr. Gのオフィスに通され、先生とコンサルテーション(問診というか面談ですね) この日もダンナは付き添いました。<br />先生からはいろいろなオプションがあること、その中でも私にとっては何が必要で、どうすべきなのかを説明してくれました。また、その治療をしたから必ず妊娠するとは限らないが、ベストを尽くしてがんばってみましょうとも励まされました。内心ショックではありましたが、それも現実と真摯に受けとめ、先生の指示に従い素直に治療に専念することにしたのです。<br /><br />それから数ヶ月にわたり、本格的な不妊治療が始まったわけです。<br /><br />治療については個人的なことになるので詳しくは触れませんが、受けた治療は大まかには次のようなものです。<br />排卵誘発剤の服用、ホルモン注射、卵管の造影検査など。<br /><br />排卵誘発剤は処方箋の錠剤で、最初の服用量では効き目がなく、2ヶ月、3ヶ月と経つうちに、これ以上の服用量は許されないところまできてしまいました。その服用量で2ヶ月くらいはがんばった気がします。<br />また、私の加入している(会社を通してですが)医療保険ではこの薬には保険が適用されなかったので、すべて自腹!最後のほうはクレジットカード払いなど、なんだか高いお買い物をしていました。<br />ホルモン注射も医者から処方箋が出ます。もちろん、医者に行ったり薬局の薬剤師に注射をしてもらうことも出来ますが、私の場合、自分で薬局に行き、注射キットを買って自宅で注射していました。それもダンナがDr.になってね。この注射キットの中には説明書があって、注射針の取り扱いから針の刺し方にいたるまでイラスト付きで書いてありました。 </span><br /><span style="color:#666666;"><br />最初の頃は私も怖かったし、注射するほうのダンナも手が震え?…とぎこちなかったものですが、3回、4回とこなすうちには、『さ?て、今日はどこに打つかな?』などとジョークも出るようになりすっかり慣れっこになりました。それでもわたしのお尻は痛かったけど…(爆)<br /><br />こんなプロセスのうちに、卵管の造影検査も受けることになりましした。卵子の通る管が詰まっているかどうかを検査するもので、これは大きな大学病院で受けました。予約した際に検査前日の準備などの指示書をもらい、軽い鎮痛剤を飲むように言われました。<br /><br />そして、当日。看護婦に呼ばれるまま検査室へ行き、ベッドに横たわりました。検査を行う先生が登場し、モニターやら注射器(造影剤用)の確認後、いよいよ造影剤の投与です。<br />これも最初軽い麻酔を打ったらしく、それほど痛みもなく、自分でもモニターを通して卵管の様子を見ることが出来ました。<br />結果は正常とのことで、これでさらに不妊治療に専念できると安心しました。<br /><br />そして、治療を始めて既に7ヶ月が経とうとしてました。<br />1998年春、人工授精(insemination)という方法を2回試みました。<br />そして5月末、来るものが来ません?!念のため予定日より3日ほど過ぎた頃を見計らい、Dr.Gに連絡しました。そして看護婦からすぐに血液検査をするよう指示を受け、検査所(ラボ)に行きました。そのときに採血してくれた看護婦さんがとても優しく、『絶対大丈夫、きっとおめでたよ?』と励ましてくれました。<br />翌日結果がすぐにでました。<br /><br />Dr.Gから直接電話があり、”Congratulations!”といわれ、最初何のことか一瞬わかりませんでした。そして、じわじわと喜びが沸き起こり、やっと実感したのです。そう、めでたく妊娠していたのです!!!<br />Dr. GはDr.Kに手紙を書いて、今までの治療から妊娠の結果まで知らせておくからといってくれました。<br />そして数日後その手紙のコピーが私の元へも届きました。<br />それを読んでいくうちに、涙がつつ?…と流れたのはいうまでもありません。<br /><br />血液検査の結果妊娠とわかり、一番に何をしたかというと…<br />妊娠検査キットで自分でも確認!<br />なんだか本末転倒ですが、キットのラインが2本出た日にゃ?、そりゃー大喜びでしたよ。<br />友達にいったら、その子はその結果が出たキット今でも取ってあるといってました。<br />あいにく私は捨ててしまいましたが…(まだまだつづきます)</span><br /></span><div class="blogger-post-footer"><img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/21838240-113928969648941786?l=little-miracle-in-life.blogspot.com'/></div>Takakohttp://www.blogger.com/profile/01532673903048785108noreply@blogger.com4tag:blogger.com,1999:blog-21838240.post-1139289193332849332006-02-07T00:11:00.000-05:002006-02-07T00:17:41.473-05:00医者嫌いからの脱出 (part 2)<span style="color:#666666;">紹介された産婦人科…というより、アメリカで初めて行く専門医ということで、すごく緊張し、日本で産婦人科にかかったことのない私の中でどんなことになるのかという好奇心と恐怖心が葛藤していました。初めてということもあり、この日はダンナも同伴し、先生と対面することにしました。<br /><br />オフィスのドアを開けてまず驚いたのは、『クリニック』の雰囲気がまったくなかったことです。病院の独特のにおいや雰囲気だけでも緊張が増すのに、ここはまるで普通のオフィスのよう。待合室らしく椅子は並んでいましたが、その隅のほうには子供のおもちゃや絵本があって、とても和やかな空気が流れていました。<br /><br />受付で自分の名前を告げると何枚かの書類を渡され、記入するよういわれました。書類は一般的な情報(氏名、住所など)、加入している保険の情報、自分自身および血縁者の病歴(親戚に各種疾患やがん、糖尿病などの発病者がいるかなど)、コンセントフォーム(個人情報の開示承諾書)など、英語プラス詳細なものでしたので、記入するのにも随分時間がかかりました。<br /><br />書き終えた書類と保険のカードを受付に渡してまもなく看護婦に呼ばれました。受付の横を通り小さな部屋をいくつか通り過ぎて通されたこれも小さな部屋。 看護婦は私に2、3の質問をし、血圧を測りました。<br /><br />看護婦が出て行き、いよいよ先生の登場です。<br />この先生は(Dr. Kとしておきましょう)優しく大きな(?)方で、とてもフレンドリーな応対をしてくださいました。問診表をみながら話を進めてくれるので、聞かれる質問もさほど難しくもなく、素直に自分の心配事と希望を打ち明けることが出来ました。<br /><br />そして、血液検査、尿検査を行い、結果によってどういう治療が必要なのかを決めるということでこの日は終わりました。でもすぐに基礎体温をつけるよう指示されたのもこの日でした。<br /><br />とにかく、妊娠、出産という未知の目標を達成すべく、この先生の医療サポートを受けるのだと覚悟を決めたのです。(つづく)</span><div class="blogger-post-footer"><img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/21838240-113928919333284933?l=little-miracle-in-life.blogspot.com'/></div>Takakohttp://www.blogger.com/profile/01532673903048785108noreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-21838240.post-1138842923767270282006-02-01T19:52:00.000-05:002006-02-07T14:34:13.430-05:00医者嫌いからの脱出 (part 1)<span style="color:#666666;">子供の頃から風邪以外の大病にもかからず、注射も予防注射のみでずっと健康には恵まれて育ちました。<br />家族もお互いの健康にはあまり気遣うこともせずに済んでいましたし、あえて食卓の話題に上ることもなく、成長期も過ごしたような気がします。<br /><br />高校を卒業する頃くらいからある変調に気づいたのですが、その当時の家族や学校の先生などとの『暗黙の了解』というルールがあったのか、誰に相談することもなく、数年が過ぎてゆきました。<br />いわゆる『不順』だったわけです。<br />大学を卒業しOLになってもその『不順』状態は続きましたが、それほど深刻に考えることもなく逆にお荷物が少なくてすむわ?なんて思ったりしたものです。<br /><br />結婚し、家族が増えていくという流れにも自然に乗れると思っていたのですが、どうも乗り遅れてしまったようです。<br />その当時の興味は子供ではなく自分だったようで、趣味や旅行、買い物に生きていた気がします。<br />日本で暮らしていたこの時期はダンナも仕事の関係で家を空けることも多かったので、子供への興味もなく、わたしの変調にも気づくこともありませんでしたし、わたしもあえて打ち明ける?こともしませんでした。<br /></span><br /><span style="color:#666666;">そして1995年秋、ダンナの故郷アメリカへの永住が決まり、ばたばたとアメリカへ旅だったのです。<br /><br />自分たちの生活基盤を築くことと安定させていくことに時間を費やし、そのうち就職したりと、ますます家族としてのプランはおざなりになってしまいました。というか、意識しなくなったというのが正直なところでしょうか。<br /><br />ただ、変調に気づいたころからずっと、「どうしたらいいんだろう…」という不安はいつも頭のどこかにありました。でもそれを誰に打ち明けたらいいのかわからず、まして普通の医者にさえ行かないのに、産婦人科に行くことなど、もってのほかだったのです。<br /><br />やっとアメリカ生活にも慣れ始めた頃(永住して1年を経過していました)、ふと『子供?』のことを考え始めました。<br />自然に任せるなんて言ってられない歳に達していたこともあり、義姉に紹介してもらった産婦人科に勇気を奮って行く事にしました。でもまさかこんな結果がでるとは思わなかったのです。(つづく)</span><div class="blogger-post-footer"><img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/21838240-113884292376727028?l=little-miracle-in-life.blogspot.com'/></div>Takakohttp://www.blogger.com/profile/01532673903048785108noreply@blogger.com0