tag:blogger.com,1999:blog-14723155550444424622009-02-21T13:42:28.459+08:00真ん丸空間ダバオへようこそ!Blogienoreply@blogger.comBlogger17125tag:blogger.com,1999:blog-1472315555044442462.post-50762404921142599862007-11-09T18:45:00.000+08:002007-11-09T19:43:36.675+08:00ドメインの移動このブログは、自分のもともとのドメインに移動させたので、今後はwww.manmarukukan.comをクリックしてね。
新しい「真ん丸空間」へどうぞ »Blogienoreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-1472315555044442462.post-41266490674511317962007-04-23T08:49:00.000+08:002007-05-01T11:34:23.087+08:00心技体14歳から30歳ごろまで、柔道をやっていたんだ。柔道のおかげでスポーツマン精神や自己鍛練という価値を習えて、心得たんだ。道場の中で人間交流の大事なレッスンのなにかも習えたんだ。
一番大切なのは、柔道の創始者の嘉納治五郎先生が決定してくれた金言: 心技体。この柔道家のモットーはすばらしいね。柔道をやらないことになったが、今までもよく「心技体」について行く。
仕事にしろ趣味にしろ、心置きなく技と体を使っている。Blogienoreply@blogger.com2tag:blogger.com,1999:blog-1472315555044442462.post-41233683776033987992007-04-18T09:43:00.000+08:002007-04-18T10:24:09.432+08:00時間を大事にして最近、日本語を子供たちに教えるように僕に頼んだ女性から電話をもらった。最初は興味があったが、後では気が変わった。どうしてかというと、あの母親が家庭教師の料金を値切りたかったから。通常僕は一人一時間に300ペソを請求する。で、子供の生徒だったらそれは、フィリピン人にとっても、絶対に安い。あの二人の子供は4歳と6歳だって。
あの母親が僕の日本語能力なんかチェックしたり、スケジュールを確かめたりしてから、僕のいろんな答えに満足していたらしい。それで、料金にも同意したと思った。でも、何時間後でいきなり携帯電話メールで「丸さん、二人だから割引してください」って。アレ?? 二人の幼児だから実際により高く求めようとするべきじゃない?
もういい。すぐ断った。実は僕にとって、料金についての押し問答はちょっと無礼なことなんだ。教育は売り物じゃないでしょう?(また、あの家族の宅までタクシーで70ペソBlogienoreply@blogger.com2tag:blogger.com,1999:blog-1472315555044442462.post-77246393232634450232007-04-04T09:59:00.000+08:002007-04-04T10:16:59.180+08:00ミンダナオ日本人商工会議所先週の土曜日(2007年3月31日)ダバオで商売している日本人が新しい団体を組織した。日本とダバオをはじめミンダナオ島の間の経済的な関係が強くなるような目的として、ミンダナオ日本人商工会議所(略JCCM)が産まれたのだ。
ダバオと日本の関連が長いとは言われる。第二次世界戦争の前にフィリピン人と日本人が平和に生活していて、歴史によれば、みんなが釣り合っていたようだ。戦争末の数年後、そして去年祝われた日比友好関係の50年間記念日が行われてから、この商工会議所の設立は絶対に大事な情勢だと思う。日本政府がODAとしてたくさんの応援を送ってくれたが、本物の商売、またはビジネス交流、小さいけども、そのような活動のほうがよく見えるでしょう。さらに、それはもっと直接ですぐ結果を与えるかもしれないので、この日本人のビジネス用の協会はダバオ市に良いと思う。
ダバオの人々はもちろん、他のフィリピン都会のBlogienoreply@blogger.com2tag:blogger.com,1999:blog-1472315555044442462.post-28472397992950258392007-03-16T13:13:00.000+08:002007-03-28T11:26:24.123+08:00日本語の促進残念ながら、数ヶ月前から日本語を教えるのをやっていなかったんだ。どうしてかというと、他の仕事で忙しくなったから。日本語が習いたいフィリピン人が多いと思うけど、僕は今時間がないので。
それでも、ダバオには日本語専門学校と日本語が教わる大学が増えてきた。下記は一部のリスト。
専門学校
フィリピン日系人会
CRK国際言語トレーニングセンター
大学
ミンダナオ国際大学
アテネオ・デ・ダバオ大学
ミンダナオ大学
フィリピン女子大学
フィリピン大学【ミンダナオ】
東南フィリピン大学
最近、ジェトロの代表たちがダバオに出張して、ITエンジニア向けの試験を紹介してくれた。具体的には、ソフト開発者用の試験。大変難しい試験だそうだ。毎年、受けた者のすべての中で、合格するのは大体10%だけだそうだ。でも、合格したら、絶対に日系企業などに雇われるに違いない。ジェトロの代表によると、日本には今、情報技術者が少Blogienoreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-1472315555044442462.post-23542926824146190272007-03-09T00:33:00.000+08:002007-03-09T00:40:24.480+08:00ダバオに居ること最近、日本へまだ行かないのを決めたんだ。なぜなら、ダバオには僕にとっていろいろな機会が多くなってきたから。さらに、ダバオの生活のほうがきつくないし。
そして、日本人の友達が言うには、僕がダバオにいる価値のほうが、日本にいるより高いそうだ。実は、賛成しているんだ。ダバオには日本語ができるとともに情報技術産業が詳しいフィリピン人が少ないので、僕がこっちにいたらビジネス的なチャンスをたくさん受けるに違いない。
いつか日本に行く。もちろん、習った日本語が使えたいし、日本文化なんか体験したいと思う。でも現在、ダバオに居たい。これから故郷がだんだん発展しているから、自分の開発もここで少しずつ上達できるでしょう。Blogienoreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-1472315555044442462.post-10186489875513214432007-02-24T22:11:00.000+08:002007-02-24T22:38:52.023+08:00日本語能力試験2級やっと難しい日本語能力試験の2級レベルに合格した!!!
実は、去年落ちたから、今は本当に嬉しいよ。ま、今回がんばったから、日本人の友達と練習としてよく話し合ったから。
友達が「それから日本へ行くの?」と言った。うーん。2級を持っていたら日本企業に勤める機会があるに違いない。でも違うよ。
もちろん日本に行きたいと思うけど、ずっと滞在したくない。あそこで働きたくない。だって、日本で仕事をしたら、働くしかないと思う。また、給料が絶対に高いが、生活費も高いらしい。だから、訪問としては行きたい。他には興味があまりない。
いい状況は、ダバオにある企業に勤めること。というのは、日本語を使えるとともに、ダバオの生活も続けられる。そして、自分の上達だけじゃなくて、他の日本語を学んでいるフィリピン人を手伝い続けることもできる。
ダバオはポテンシャルが高い。僕が応援できればそうしたいので、ダバオに居たいと考Blogienoreply@blogger.com3tag:blogger.com,1999:blog-1472315555044442462.post-87658284600838049422007-02-04T17:31:00.000+08:002007-02-06T22:35:30.651+08:00ブログ・アイボール昨日51コーヒーショップでブログの友達と会った。マーク・ハヴェリアナが主にバスケについてブログをしている。仕事はダバオにある不動産会社のためにビジネス開発という。もう一人は、僕の前の生徒デニス・アグーロ。彼に数年前、ウェブサイト開発を教えた。現在デニスは自分の情報技術会社がある。日本人の友達森さんもしばらく僕たちと話し合った。
ダバオでは、ブログをやっている人々の数が増えてきた。僕が知り合っているのは、ほぼ25人だ。もっとたくさんいるかもしれないが、よくわからない。でも今、インターネットでさがしているところだ。
昨日のアイボールの目的は、ダバオ・ブログ・パーティーについて話し合うこと。ここまでは、決まったのは、パーティーを3月17日にすることなんだ。他の情報について、メールで他のブロッガーと相談する。
僕は、パーソナルなブログをやっていて、他のブログでは、ダバオについても情報技術産業Blogienoreply@blogger.com2tag:blogger.com,1999:blog-1472315555044442462.post-19316860677750475012007-01-26T13:05:00.000+08:002007-01-26T14:02:12.530+08:00マグロさしみ日本人と同じように、フィリピン人(特にダバオの人々)も生魚を食べるものだ。僕は、子供の頃から父親の「キニーラオ」という刺身みたいなフィリピン料理を食べている。父のキニーラオって、ゼンゼンおいしい、マジで! 材料はすべて現地のもので、自分のレシピなんだ。残念ながら、何が入っているかを言えないし、レシピも秘密だ。
でも最近、弟が非常に新鮮なマグロの肉を持って帰って、僕がさしみとして食べて・・・その時に死んでも平気なんだよ! 輸出用のマグロを初めて食べたと感じている。「おいしい」というような説明は足りないよ。甘さがあるらしいし、口の中で溶けるし、しょうゆもわさびも要らないほどすばらしい。
その夢のマグロは、漁業ビジネスマンの台湾人がくれた。弟のクライアント。弟はテレコム会社に勤めていて、その台湾人は弟の動きのおかげで嬉しくなるらしい。ダバオのフィッシュポートで日本や他の国にマグロなどが輸出Blogienoreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-1472315555044442462.post-61462873896214801792007-01-22T22:30:00.000+08:002007-01-26T10:30:11.492+08:00食べに出かけるためダバオにさまざまなレストランや喫茶店がある。日常生活に変化をもたせるため、ベトナム料理をはじめ中華料理や他のアジア料理も選ばれることができる。とにかく、フィリピンは別として、一番多いのは中華料理の店なんだ。今日の夜、友達ケネスといとこリーアと一緒に『クルーアタイ』というタイ料理へ食事に行った。タイ料理が詳しくない(けっして注文の名前を思い出せない)けど、よく食べる。残念ながら、この店は食べ物があまり辛くない。だって僕は、タイのなら、辛ければ辛いほどおいしいもん。それでもなお、味が悪くない。さらに、あまり高くない。今日の勘定書は全部で530ペソだけ。僕達は全くお腹が一杯になった。しかしながら、ダバオにはインド料理がないことに失望している。インド系フィリピン人が少なくないけども。僕は日本のカレーが大好きだが、インドの(つまり、本物の)カレーのほうがおいしく思う。懐かしいわ!もちろん、日本料理Blogienoreply@blogger.com2tag:blogger.com,1999:blog-1472315555044442462.post-64457591670069940452007-01-21T11:35:00.000+08:002007-01-23T11:48:14.792+08:00バリバリでの素敵な週末19日から親戚と一緒におばあちゃんの誕生日パーティーのためにバリバリ・ビーチリゾートで一晩した。残念ながら自分の家族がいなかったんだ。なぜなら、父と母はマニラへ母方の親戚を訪問しに行って、弟はザンボアンガ市に出張したから。そして、結婚している妹は現在、自分の家族と数年間マニラに住んでいる。それでもなお、84歳になったおばあちゃんは本当に嬉しかった。一番楽しかったのは、マニラやアメリカに住んでいるたくさんの親戚が祝いに来たんだ。長年見ていなかったパウロをはじめ、他のいとこたちも彼らの子供たちも来た。パウロはダバオで生まれたがニューヨークに住んでいる。彼と母親がこっちに3週間いるはずなので楽しみに。マジで素晴らしい場所、バリバリ・ビーチリゾート。高級のリゾートみたいだし、料理が悪くないし、ウェーターはもちろんスタッフもいつでも顧客の役に立っている。広くないけど、こぢんまりして落ち着ける場所Blogienoreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-1472315555044442462.post-42439833463962826752007-01-19T01:47:00.000+08:002007-01-25T02:23:39.307+08:00日本へ?友達が言うには、僕が日本語を得意に話せるそうだ(ま、話したり書いたりすることができるが、実際にまだ下手だけど)。でも、日本に行ったことがない。友人が尋ねたのは、日本に行かないなら、どうして日本語を勉強するのか、何を目的するのか。
実は、行きたい。当たり前じゃん。もしチャンスがあれば、日本で働きもしたいと思う。できたら、いい経験になるはずだし、やはり日本語がうまくなるでしょう。たぶん日本で家庭教師として英語を教えられるかもしれない。
数ヶ月前、ダバオで人材派遣会社に勤めている日本人に偶然会った。20分ぐらい話してから、僕が日本で仕事をする興味があるかどうかを知りたがっていた。僕はすぐに「はい、あります」と答えた。現在何も決まってないけど、待っている。
実は、今年の4月か5月に日本に行く計画を持っている。とにかく、シングルなので、いつでもダバオを去ってもいい。でも、いろんな問題があるほか、Blogienoreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-1472315555044442462.post-71296679317841678062007-01-15T16:49:00.000+08:002007-01-25T02:22:28.789+08:00カント・バー昨日の夜、僕のいとこがバーでカップルを紹介してくれた。女性はフィリピン人、いとこの高校時代の友人。男性は日本人、25歳の進一。彼は滋賀県にあるIT会社に勤めていて、僕と同じようにサイファイのテレビ番組なんて深い興味を持っている。楽しい出会いだった。面白いのは、ダバオでは、若い日本人に会えるのが珍しいものだ。若いというのは、30歳以下という年なんだ。ダバオに住んでいる日本の方々のだいたいは退職者やビジネスマンなので、あまり若くないわけ。僕がダバオ市で日本語を勉強し始めて以来、会った若い日本人の何人を数え切れる。もちろん、一番仲のいい友達、ダバオに住んでいる一道(いちどう)。北海道出身、現在東京で働いている剛。そして、合気道をやっている晶彦。ま、僕もあまり若くないけど、若者達の日本語には興味があるんだから。彼らのモダンな考え方や話し方が知りたいんだもん。別の面から言えば、熟年の友達からは、Blogienoreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-1472315555044442462.post-54135333064441526182007-01-01T10:05:00.000+08:002007-01-21T10:56:02.948+08:00平成19年明けましておめでとうございます!今年が皆様にとってさらなる発展の年になるよう祈ります。Blogienoreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-1472315555044442462.post-89049272510471171032006-12-22T10:04:00.000+08:002007-01-26T02:44:51.254+08:00台湾の経験去年、非常にいい経験があった。台湾で2005年7月9日から12日まで行われた『アジア学生会議』という国際的なイベントは、僕にとって、とても重要な経験となった。どうしてかというと、そこで各国から多くの日本語が好きな人に初めて会うことができたから。また、海外の新しい友達と親しくなれたことも貴重な体験だったと思う。僕達は会議で様々な問題を話し合った。会議のテーマは「アジアにおける日本語の必要性について」で、主な話題として、アジアの企業・教育・社会における日本語はどうなっているか、また、アジアで使われている日本語は将来どうなるか、ということについても討議した。代表団は三つのグループに分かれていて、僕は〔C1組〕のメンバーになって、主に「民間交流」を議題として論議していた。その中で僕がフィリピン代表として「私がボランティア活動をしていた時」について発表した。それは、当時フィリピンでは災害犠牲者Blogienoreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-1472315555044442462.post-28940958904007374352006-12-20T10:00:00.000+08:002007-01-26T02:34:26.190+08:00日本語教育時代【下記は、2004年にマニラで行われた日本語スピーチコンテストで僕が発表したスピーチです。自分でテーマを決めて、そして草稿をつくった。それで、澤村信哉先生(僕のとても偉い日本語教師の一人)がスピーチを洗練してくれた。】
マルコスの時代から、すでに20年ぐらい経ちましたが、他の東南アジアの国に比べて、フィリピンは経済的にまだ発展していません。社会的な問題や景気の悪さで、たくさんのフィリピン人が国を去ることを選んでいます。残念ながら、フィリピンには、自分に合う仕事を見つける機会がほとんどないのです。だから多くのフィリピン人は、よりよい生活のために海外へ行かなければなりません。ここに残っていたら、家族と飢えを凌ぐことしか出来ません。海外で働いているフィリピン人は「英雄」と政府に見なされています。なぜかというと、彼らの家族への送金がフィリピン経済を支えているからです。これは、海外で働いている人Blogienoreply@blogger.com0tag:blogger.com,1999:blog-1472315555044442462.post-39152024770626608592006-12-08T12:22:00.000+08:002007-01-25T02:26:02.560+08:00自己紹介僕は、フィリピン共和国ダバオ市に住んでいる丸。数年前、日本人の友達、三宅一道、が僕にこのあだ名をつけてくれたんだ。フィリピン人だが、日本語を10年間以上で勉強している。最初に日本語を習ったのは、アテネオデマニラ大学の時代、副専攻として取ったんだ。それから、自分で学んで、そして2002年から2004年までミンダナオ国際大学で日本語学を勉強し続けた。
なぜ僕が日本語を習うのかを説明したいと思う。さて、始まりは14歳のころ。その時、柔道に興味があり始めた。数年前、ダバオでは柔道は人気があるスポーツだった。日本の教え方に比べられないけど、先生たちがうまいと思った。しかし、柔道用語は説明できなかった。世界のどこでも、柔道にある技の名前やルール用語などは日本語で紹介されることになっている。外国語が興味深い僕は、当たり前だが、「ウチマタ」とか「ハダカジメ」という言葉を理解したかったが、先生は通訳Blogienoreply@blogger.com0